「小田時榮」が大学設立の寄附?

さて、なにげなく、田中智子「同志社大学設立支援の現実
ーー誰がいかほどの寄附をなしたかーー」
(『キリスト教社会問題研究』第66号、2017年12月)を閲覧していたら、
寄附者の中に、「小田時榮」の名前を見つけました。
名簿を見て、案外に女性の名前が多いことにも驚かされました。
東京第一基督会員として寄附した中には、海老名リンの名前も見えます。
『日出新聞』を窓口に0.5円の寄附をしたとして、「小田時榮」とある。
住所や所属の欄は空白、明治22(1889)年7月3日の日付。
同姓同名、ということもありえますが、どうでしょう。
山本覚馬の妻だった「小田時榮」とすれば、すでに離縁した後になります。
旧姓の「小田」になっていることも符合し、気になるところです。
離縁後、すぐ近くにいたともされるので、本人としてもおかしくないような?
もし本人であるとすれば、彼女の気持ちをどう推し量り、
山本家や新島家との関係性をどう考えればいいのか、ちょっと切なくも……。

追記
田中智子「同志社大学設立運動とキリスト教会」
(『キリスト教社会問題研究』第65号、2016年12月)から、
『国民之友』を窓口に、徳富健次郎、徳富久がそれぞれ2.5円、徳富静が5円、
佐々城豊壽が5円、その長女ノブが0.2円、次女アイが0.1円、
田中智子「同志社第一回『大学設立義捐金募集運動」
(『キリスト教社会問題研究』第64号、2015年12月)からは、
『基督教新聞』を窓口に、小崎千代が50円、雑賀アサが1円、
『女學雑誌』を窓口に、巌本善治が5円を寄附したことがわかります。

Tag:山本久栄 

ミッション・スクール育ちのファム・ファタル

佐藤八寿子『ミッション・スクール』(中公新書、2006年)には、
徳冨蘆花『黒い眼と茶色の目』を取り上げ、ミッション・ガールが論じられます。
大正時代、ほぼ同時に発表された、徳冨蘆花『黒い眼と茶色の目』と
島崎藤村『桜の実の熟する時』のヒロインは、どちらもミッション・ガールです。
異なる個性や経歴の作家が同時期に書いた小説に、共通点が多い。

 ・明治期の青春時代、特に学校生活を中心に回顧した自伝的作品である。
 ・登場人物には実在のモデルがおり、内容もほぼ事実関係に基づいている。
 ・女学生が恋に破れ、最後に学校を離れ出奔する/旅に出るという結末
 ・ミッション・スクールを舞台としている。

ヒロインとは、壽代=山本久栄と勝子=佐藤輔子のこと。
彼女たちは、主人公にとってファム・ファタル(宿命の女)である、とします。

 主人公たちは女学生との恋に破れ、その結果、親兄弟や恩師の期待に反し、
 学校を離れ、あるいは職を離れ、土地を離れるという、
 人生における大きな代償を支払った。
 両作品はともに彼らの青春の蹉跌の記でもある。
 相手のヒロインは、学業・職業達成という、
 世間一般でいう「立身出世」の道程における大きな障害物にほかならず、
 主人公の人生を大きく狂わせた
 ファム・ファタル(宿命の女)ということができよう。
 (佐藤八寿子『ミッション・スクール』中公新書、2006年)

確かに、壽代=久栄の人物造型には、ファム・ファタル的な誘惑が見られ、
周囲が敬二=徳冨蘆花に警戒を促すのも、納得できます。

余談
「正義のセ」、凛々子の成長ぶりとチームワーク。
支部長のシーンが増えたのは、代役のスケジュール調整の成果か。
武井咲さんの復帰、無理ない程度に頑張ってほしいし、時代劇に期待。
落ち着いた顔立ちの美貌だから、年齢を重ねたときの演技も楽しみ。

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天授庵墓地

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」にて、敬二=徳冨蘆花と壽代=久栄は、
南禅寺で落ち合い、2人の関係性について話をします。
なぜなら、その場所は、2人にとっては馴染みのあるところだったからです。

 そのような場所を健次郎がわざわざ選んだのは、その年の一月二十八日に、
 伊勢みねを南禅寺の天授庵墓地に埋葬したばかりであったから、
 健次郎も久栄も知っている、というのが理由の一つであったろう。
 二月一日には、新島襄の父・民治を同じ墓地に埋葬してもいた。
 健次郎は、密会に適当なほかの場所を知らず、
 その天授庵が最適の場所と信じて選んだのであろう。
 たしかに、だれに見られる気づかいもないという点ではそうであった。
 しかし、「南禅寺へ行っている」と、
 奥の部屋にいる久栄に聞こえるほどの大声でいえば、
 くらをはじめ伊勢家の家人にも当然きこえ、
 そのことばが何を意味するか察知されるはずだということにまでは、
 健次郎は気がまわらなかった。

外出先として怪しまれないのは、南禅寺しかなかった、ということか。
家人にも聞こえてもいいだろう、構わないだろう、としか考えられなかったはず。
敬二=徳冨蘆花は、壽代=久栄に会わなければならないと焦っていた。

 後年、健次郎は『黒い眼と茶色の目』を執筆しながら、
 往時をおもいおこして、「南禅寺を書いて、
 お峰サンの墓参もしない青年男女に同情することが出来なかった」
 (『蘆花日記』大正三年十月五日の項)と記している。
 納所には墓参のあいさつをしておきながら、二人は墓地へは行っていない。
 ほとんど話を交わすいとまもなく、くらから二人のことを知らされた時雄が、
 人力車で駆けつけてきたのである。
 悲痛な声で健次郎を叱り、ついで土平を叱った時雄は、
 大股に墓地へ入って行って、いつまでも出てこなかった(『黒い眼』其四・(一))。
 父・小楠と妻のみねの墓前で、時雄は長時間なにを祈ったのか。
 (河野仁昭『蘆花の青春 その京都時代』恒文社、1989年)

天授庵の墓地には、又雄=時雄の父も眠っています。
壽代=久栄を「不埒」であると言った又雄=時雄でしたが、彼にしてみれば、
飯島校長=新島襄の義妹の壽代=久栄に、スキャンダルが起これば、
それは協志社=同志社の大問題に発展しかねず、困ってもいたのでしょう。
しかも、その相手が親戚の敬二=徳冨蘆花であれば、尚更のこと。

余談
まだ20歳になったばかりの青年が、青春をかけてきたスポーツを断念する。
潔く、抑制された言葉と態度の中に、その重大な決意、覚悟がにじむ。
たった1人の学生も守れず、矢面に立たせてしまう大学。
そして、昨今の「謝罪」ブームもここまで来てしまったかという思いもある。

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又雄=時雄の怒り

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、柱の影に隠れ、様子を見ていた次平=土平。
その視線に、敬二=徳冨蘆花は、いらいらしていました。
そこに、次平=土平の低い声が響きました。
 
 庭の日影は漸次に高く退いて、鴉の聲が耳につき出した。
 突如(たちまち)次平さんの聲が低く叫んだ。
 『敬さア早よーー又雄さん!』
 突(つ)と立上るなり、壽代さんは脱兎の如く小門の方に出て往つた。
 小門の口で、勃然(むつ)とした又雄さんの詰(なじ)り聲と、
 早口に辯解する壽代さんの聲と搦(から)むで聞こえた。
 其聲がやむと、ステツキを持つた又雄さんはつかつかと入つて來て、
 逃げもやらず立て居る敬二を岌(かさ)にかゝつて眼鏡越しに睨みつけ、
 悲痛な調子で、
 『敬さん、あゝたなんちう不都合な……』
 『プロミスを破るつもりで……』
 『プロミスを破る? さう云ふ相談なら、家内でも出來るぢやありませんか。
 此様な所に若い娘を誘ひ出して、人に何と云はれたつて言ひ譯がありますか。
 此間も婚約(エンゲージ)の事は聞いたが、
 やめなはつたちいふから安心しとつたら……
 今日も南禪寺に往つたてち云ふから、若かすると思ふち來て見ると、此だーー
 壽代も不埒だが、敬さんあゝたは實にーー次平さん』
 又雄さんは、据眼(すわりまなこ)で足下の砂を見て居る次平さんに向いて、
 『あゝたにア實に面目もありまツせん。
 然し斯う云ふ事があるけン基督敎が必要です』
 敬二は一寸可笑しい様なくすぐつたい氣もちになつたが、默つて俯いて居た。
 又雄さんは戛々(かつかつ)ステツキを突きながら、
 阿父やお稲さんの眠つて居る墓の方へ大胯に往つて了ふた。
 『そつだけン俺(わアレ)が云ふたらうが』
 次平さんがきほひかゝるを、
 『詮方(しかた)がなかたい 
 と敬二は打消した。
 禪寺の庭はたそがれた。
 又雄さんは何時までたつても出て來ない。
 敬二は次平さんと天授庵を出た。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

もっとも恐れていた又雄=時雄が、突然、現れたのでした。
能勢家=横井(伊勢)家の主であり、敬二=徳冨蘆花にとっては保護者であり、
壽代=久栄にとっても義兄にあたり、教育者でもある。
協志社=同志社の将来を担うであろう、飯島先生=新島襄の後継者。
敬二=徳冨蘆花には、「プロミスを破る」つもりなどないはずなのに……。
又雄=時雄は、なかなか墓地から出てこなった、とあります。
この天授庵には、父である赤井召南=横井小楠と妻、お稲=みねが眠る。

Tag:山本久栄 

南禅寺

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、壽代=久栄は「惡魔」「凄い女」なのか。
敬二=徳冨蘆花は、壽代=久栄に会わなければなりません。

 飯島先生夫妻が歸ると、やがて潜戸があいて紫の袴が入つて來た。
 壽代さんは今日會見の事を知つて居るが、場所がきめてなかつた。
 約束一條が漏れて以來、荒神口では人目が瞪つて居るので、
 敬二はもとより次平さんすら壽代さんに咡く機會も紙片を手渡す機會もない。
 敬二は次の間に居る壽代さんの耳に入る程の聲で、かあやんに、
 留田君が來たら先に南禪寺に往つて居ると云つてくれ、
 と約束もない人の名を云ふて出た。

かあやん=寿賀に嘘をつき、南禅寺で壽代=久栄に会おうというのです。
そこにのこのこと付いてくるのは、例の次平=土平でした。

 敬二は牛蝨(だに)の如くついて離れぬ次平さんと、御幸橋を渡り、
 鴨河の柳の蔭をぶらぶらあるいて南禪寺に往つた。
 一帯靑松路不迷と山陽の歌ふた松並木の間を爪尖(つまさき)上りに歩いて、
 五三桐で芝居にする山門に來た。
 山門下に六十餘の爺さんが茶店を出して居た。
 二人の靑年は縁臺に腰かけて、しばしば
 だらだら阪の下の下り切つた處に口を開いて居る第一門の方を見ながら、
 茶を飮むだり、無駄話をしたりした。
 中々來ない。
 鳩にもからかひ飽きて、直ぐ下の池の滸(ほとり)を歩いた。
 お稲さんを葬つたのは一月の末だつたが、
 最早池の畔の苔蒸した老樹の櫻は悉皆(すつかり)葉になつて、
 茶色の池水には枯れ腐つた茎の間にぽつぽつ小さな巻葉が浮いて居る。
 禪寺の春は老いて、時々思出した様に溜息をつく松風に和して、
 何處ともなく春蟬の鳴く音が聞こえた。
 二人は少し門の下の方へ下りて見、また山門に歸つて見た。
 來ない。
 松の影が大分長くなつて來た。
 最早駄目だ、と敬二は思ふた。
 途端に一輛の車が此方へ近づいて來るのが見えた。
 茶代を次平さんに賴んで、敬二は立上つた。
 小坂の下に車が止つた。
 紫の袴が下り立つと、空色の洋傘がぱつと開いて、
 壽代さんは此方へ上つて來た。
 敬二は壽代さんと目禮を交はし、
 默つて打連れて山門の少し上から南手の天授庵に入つた。
 敬二は納所に墓参の挨拶をして、小門を入り、
 石甃(いしだゝみ)を歩いて、庭に面する庵の木階に腰かけた。
 壽代さんも五尺ばかり離れて腰かけた。
 次平さんは角の方から一寸顏を出したが、
 敬二が睨むだので頭を引込めた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

紫の袴姿、洋傘をさした壽代=久栄は、ようやく現れました。
この場面などを読むと、ああ、この作品は京都文学でもあるのだと思います。

余談
今期は、全体的にコメディタッチの軽いドラマが多いような気がする。
長澤まさみさん、吉高由里子さん、波留さんは、振りきった演技を要求されてる。
「コンフィデンスマンJP」は、だまされる側に事情が垣間見えるし、
「正義のセ」は、コメディの後半にほろり、とメリハリ。
(事務官を振り回す吉高さん、映画ではできる事務官。演技のバリエーション。)
軽さの一方で、「シグナル」「モンテ・クリスト伯」の重さも光っている。
「あなたには帰る家がある」は、原作はもう何年も昔のもの。
不倫もので、恐い妻が出てくる(夫も)、タイトルが長い、ということで、
何となく、以前の「あなたのことはそれほど」を髣髴とさせる。
(「逃げ恥」以降、タイトルを略されたい、という願望を感じるTBSドラマ。)

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