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再会と約束

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花は、
自分からの手紙をほかの男に見せた壽代=久栄を、「不快」と感じながら、
それでも、壽代=久栄に会いに行ってしまいます。

 然し其日の日蔭が傾くと、敬二は黑田のおくらさんが仕立てゝくれた
 白縮の單衣に茶の博多の帯をしめて、河原町に往つた。
 約束を止(よ)すとしても、兎に角顏を見た上で、と敬二は思ふたのである。
 
この時点において、敬二=徳冨蘆花は、「約束を止すとしても」と考えている。
しかし、「顏を見た」いと思い、河原町に急いだわけです。

 格子戸をあけて入ると、直ぐ壽代さんが出て來た。
 波形の薄鼠の單衣を着て居た。
 右の頬に珍しい笑靨(えくぼ)を見せて、行儀よく兩手をつき、
 『お歸りなさいませ』
 と含み聲に挨拶した。
 山下のお婆さんが出て來た。
 敬二は立ちながら能勢の叔母さんの傳言を述べた。
 お婆さんが立つた隙を狙つて、
 敬二は壽代さんにゆつくり話したいと云ふた。
 壽代さんは、明日の午後三時にあのお寺で、と早口に答へた。
 敬二は到頭上らなかつた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

迎えたのは、壽代=久栄と山下のお婆さん=山本佐久でした。
そして、敬二=徳冨蘆花は、壽代=久栄と再び逢い引きの約束をします。
また、あの寺で、明日の三時に、と「早口」で決めたのは壽代=久栄。

Tag:山本久栄 

飯島先生=新島襄の留守番

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、京都に戻った敬二=徳冨蘆花。
町田=増田雅太郎らが遊んでいた木屋町の旅宿から、河原町は近かった。
河原町には、山下(勝馬)家=山本(覚馬)家があります。

 件の旅宿(やど)から河原町の山下家へは二丁にも足らぬ。
 壽代さんの手紙を思ひ合はせて、
 敬二は冷やりとしない譯には往かなかつた。
 唯會津出の一年生で、此夏北海道に往つた飯島先生の留守番をして居る
 黑田家の縁者の辻と云ふ靑年の許に、
 壽代さんが敬二の送つた最後の諷書の意味を聞きに來た。
 辻君が東京のT.K.さんから來たのですかと問ふたら、
 T.K.は日本の讀み方ですかと反問した。
 辻君は、此手紙の意味は分つて居るけれ共云はないと答へた。
 親戚にもせよ他の靑年に、
 苟(いやしく)も約束した男の手紙を見せる壽代さんの不謹慎を、
 敬二は不快に思はずには居られなかつた。

明治20(1887)年、敬二=徳冨蘆花は東京で夏休みを過ごしていましたが、
新島襄と八重は、北海道に出かけていたのでした。
札幌で療養中の8月13日、A.ハーディーの死去の報を受けています。
その間、新島邸の留守番をしていたのが、会津出身の辻という男でした。
新島邸の留守番を依頼された人物としては、鈴木彦馬が知られ、
鈴木彦馬は、黑田家=窪田家の勝枝=安栄と結婚しています。
そういう意味では、「黑田家の縁者」ということになりますが、どうでしょう。
http://whiteplum.blog61.fc2.com/blog-entry-4607.html
ここで辻がとった態度も、新島八重が確かに信頼するに足るもののようです。
また、壽代=久栄には、確かに読解の難しい手紙だったかもしれない。
http://whiteplum.blog61.fc2.com/blog-entry-4771.html
いや、手紙の内容以前に、敬二=徳冨蘆花の気持ちは、
彼自身が迷っているから、わかりにくいのです。

追記
「黑田家の縁者」とされる、会津出身の「辻」のモデルは「辻熊(ひぐま)」か。
本井康博『八重さん、お乗りになりますか』(思文閣出版、2012年)参照。

Tag:山本久栄 

協志社=同志社の夏休み

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、夏休み中の寮は人少なです。

 庭は草、室は蚤だらけの學校に殘つて居る者は十數人に過ぎなかつた。
 諸寮は閉鎖して、風通しの好い一寮、二寮の二階に夏籠りし、
 食堂の片隅に寄つて食事をして居た。
 片貝君は永い夏休の永い日を、此二階に楯籠つて和歌を勉強し、
 案山子の舎の舊詠草を井伏さんから借りて來て、○のついた秀歌を寫したり、
 貸本屋から新刊小説を借りて讀んだり、手製のラムネを傾けたり、
 紙の碁盤に土の碁石で笊碁(ざるご)をやつたりして過して居たのであつた。
 新に發表された谷干城子の條約改正反對意見の菎蒻版摺を
 謄寫しかけたのが、テーブルにのつて居た。
 片貝君は敬二にいろいろ京都の夏の消息を語つた。
 町田君はもとの協志社生で米國オベリン大學を中途で歸つた
 新歸朝者の黑木某と、夏休中『平安英語學會』を設けて大分金を儲けた。
 それから二人は木屋町の禁酒旅宿を宿にして、町田君は宿の娘の女學生、
 黑木君は米國留學中の許嫁の男もある
 下京邊の醫師の娘の女學生と關係した噂が隠れもなかつた。
 
郷里に戻るための金額も工面できない片貝=磯貝由太郎は、寮に残りました。
聞けば、壽代=久栄の気を引こうとしていたはずの町田=増田雅太郎は、
アメリカ留学から帰った黒木某とともに、羽根を伸ばしていたらしい。
協志社=同志社の関係者の好ましくない振る舞いは、なかなか証言されない。
その意味で、この小説は貴重な資料でもあるのかもしれませんが……。

余談
「中学聖日記」、「黒岩くん」役の新人俳優さんのポテンシャルを覚えておきたい。

Tag:山本久栄 

片貝=磯貝由太郎に再会

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、夜が明けるまで、
片貝=磯貝由太郎は、敬二=徳冨蘆花が帰ったことに気づきません。
帰省する費用を用意できない片貝=磯貝由太郎は、寮で夏を過ごしています。

 階段を下駄で上つて來る響(おと)がして、
 『片貝、得能が歸つて來たな』
 と叫んだのは、上川君の聲であつた。
 敬二の同級で、顏によく噴出物がするので Eruption をちゞめて
 『イラブ』と綽名(あだな)がついて居た。
 『ナニ、歸つた?』
 寢惚聲で叫んだ片貝君は、岸破(ばが)と半身を起した。
 『下に荷物が置いてある』
 『さうか。何處に居るだらう?』
 『おい片貝』
 敬二は寢ながら片貝君の背をトンとたゝいた。
 『此奴が!』
 片貝君は敬二を二つ三つつゞけさまにくらはせた。
 『君だつたか』
 落膽した様な背の聲にふり向いて、
 敬二は井垣君の稍氣(しよげ)きつた蕪形(かぶなり)の顏を見た。
 『白髪が見えたから、谷かと思ふた』
 と井垣君は伏目になつて辯解するやうに云つた。
 敬二にも稀に白髪があつた。
 谷と云ふには一年生で、十五の少年に最早白髪があつた。
 井垣君は此六月に協志社を卒業した仲間での最年少者、
 敬二より一つ年下で、和歌が上手であつた。
 敬二が最初の協志社から郷里に歸つて、
 又雄さんの同窓で年少秀才の名が高かつた上村さんから睨まれ睨まれ
 英語讀本の四を習つて居た時、小倉の洋服を着た怜悧な少年が、
 矢張上村さんに讀本の二を習つて居た。
 阿母は女髪結で、少年は縣庁の給仕をして居るさうであつた。
 敬二が再度協志社の三年に入つた時、少年は最早五年生であつた。
 井垣君がそれである。
 半夜の出來事について、敬二は默つて居たが、
 井垣君は以來敬二の視線を避けて、まともに見られると萎れて了ふた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

片貝=磯貝由太郎をめぐる、こうした関係性は、何と呼ぶべきか。

Tag:山本久栄 

敬二=徳冨蘆花、協志社=同志社に戻る

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花は京都に戻りました。

 横濱から汽船に乗つて、明くる日の夕方神戸に着くと、
 直ぐ汽車で京都に向つた。
 敬二と行李をのせた車が協志社の東門に梶棒を下ろした時は、
 夜も遥に更けて月が大分西に傾いて居た。

節約して陸路で行った上京のときとちがい、船を使い、神戸港に着きました。

 始業には十日の餘もあるので、まだ誰も歸つて來ないのであらう、
 校内は寂然として、蟲の音が耳に盈(み)ちた。
 敬二は門を乗越えて、車夫に行李を一寮の階下に持ち込ませた。
 片貝君の室はからあきになつて居る。
 敬二は鼾の聲をしるべに二階に上つた。
 東北隅の六疊に蚊帳を釣つてある。
 硝子窓の月明りに透かして見ると、東枕に二人寢て居る
 其一人の横顏は片貝君のやうである。
 敬二は帯だけ解いて蚊帳に入つた。
 大きなテーブルを並べ其上に疊を敷いた假の寢臺に、
 左を下に右の腕を肩から露はしてよく寢入つて居るのは、
 果して片貝君であつた。
 頭を背けて居る一人は誰か分からない。
 敬二は足の方からすつと二人の間に潜り込んだ。
 しばらくすると敬二の背(うしろ)の人が寢がへりした。
 と思ふと、敬二はぢりぢりと吾背に近寄る人の膚(はだ)を感じた。
 怪(け)しかる擧動(ふるまひ)を爲しかけたのである。
 駭(おどろ)いた敬二は、笑を忍んで、咳拂ひして身を捩(もぢ)つた。
 二三度來襲した敵は斷念したのか、また向ふへ寢がへりすると、
 やがて其方にも鼾がし出した。
 敬二は何角(なにか)に氣が冴えてまぢまぢ夜を明かして了ふた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

深夜、協志社=同志社に戻った敬二=徳冨蘆花がまず会いたかったのは、
これまでも親しく、部屋に入り浸っていた片貝=磯貝由太郎でした。

Tag:山本久栄 

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