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敬二=徳冨蘆花の嘘

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、兄はやはり、又雄=時雄の手紙を見ていました。
蚊帳に入った敬二=徳冨蘆花に、隣の部屋に寝ている兄から、
という微妙な距離感が、何やらリアルです。

 其夜敬二が父母の蚊●(帳)に寢て居ると、
 一間隔てゝ次の六疊に寢て居る兄が敬二に聲をかけた。
 『今日能勢が卿(ぬし)に非常に怒つた手紙をやつたが、あら何かい』
 敬二は退引(のつぴき)ならぬ場合に置かれた。
 然し彼は眞直に事實を白狀する勇氣がなかつた。
 彼は死んだお稲さんに一人の妹がある事を語りはじめた。
 其妹は一寸才女であることを云ひ添へた。
 
壽代=久栄が「一寸才女である」と言い添えるとは、気が利いています。
当時、女学校に行っているというだけで「才女」とは言えるでしょうか。

 敬二自身去年の夏能勢家で甲斐〃〃しく働いたので、
 山下の婆さんはじめ一同の信用を博した事を話した。
 敬二を養子にもらひたい、と云ふ議があつたことを話した。
 黑田のおくらと云ふ根性惡の婆さん
 ーー其婆さんは孫娘を敬二にやりたがつて居るーーと、
 從弟の次平ーー彼自身壽代さんに失戀したーーが色々云ひこむで、
 又雄さんは敬二を惡く思ふ様になつたと云ふた。
 結局、黑田婆と次平さんは腹黑、又雄さんは不明、
 敬二は罪もない犠牲と云ふ色に彩られて話は終つた。
 壽代さんとの間に取交はした第一の約束、第二の契約については、
 敬二は到頭何も云はずにしまつた。

敬二=徳冨蘆花は、大まかな筋としては、殆ど真実を打ち明けたのでしょう。
「核」になる、肝心の「第一の約束、第二の契約」をのぞいては……。
黑田のおくら=窪田うらは、すっかり悪役として語られたのです。

 聞き終ると、
 『よく卿の様なもんば養子に貰ふてち云ふな』
 と兄が云ふた。すると、母が
 『好(よか)養子男だもん』
 と云つて、某々から敬二をもらひたいと云ふた事を挙げた。
 評判の好い兄の弟と云ふので、其様な口もかゝつて居たのであつた。
 父は寢入つたのか、一言も云はなかつた。
 敬二は吻(ほつ)と息をついた。
 事實の核を蔵(かく)しても、兎に角半分の話は済んだ。
 事實を打明け賛可を求むるに惜しい機會だが、とは思ひつゝ、
 敬二はまた詐(うそ)をついて了つた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

ここで「約束」や「契約」まで話してしまえば、家族の「賛可」を得る機会。
そうであるとはいえ、そこまではできずに、また嘘をついてしまう。
それにしても、兄の評判ゆえに敬二=徳冨蘆花に婿養子の話があったとは。

余談
「この世界の片隅に」、養女に迎えた孤児が「節子」なのは、
同じく広島の孤児を描いた「蛍の墓」の「節子」からの名づけなのだろう。
アニメのエンディングを見ると、すずと径子の2人を母と慕っているような印象。
ドラマでは、径子と久夫の間に手紙のやりとりがある。
広島カープの設立の経緯からして、最後に出てきたのはよかった。
(カープ設立の物語、どこかがドラマ化しないのかと以前から思っている。)
「広島、がんばりんさいよ」というラストは、豪雨災害からの復興への思いも。
安室奈美恵さんの引退、樹木希林さんの死が重なった。
若く余力のあるうちに引退した彼女と、最後の最後まで女優を貫いた彼女と。

Tag:山本久栄 

敬二=徳冨蘆花、「最後の決心」を求められる

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花のもとに、
又雄=時雄からの手紙が、そっと残されていました。

 明日は房州へ出立と云ふ日の午後、外から歸つて見ると、
 敬二の座ときめた父の居間の東の小窓の下の机に
 封筒もない手紙がのつて居る。
 又雄さんの手跡だ。
 びくりとして、披(ひら)いて見ると、
 烈しく敬二の懦弱(だじやく)を責めて、最後の決心を促した手紙だ。
 敬二は冷やりした。
 此様な手紙を開封でよこして……屹度見られたに違ひない。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

又雄=時雄は、「最後の決心」を敬二=徳冨蘆花に求めています。
封筒に入っていない、むきだしの手紙は、父母や兄に読まれたにちがいない。
いや、又雄=時雄は、そうなることを予想、期待して置いたのでしょう。

Tag:山本久栄 

西片町

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花は又雄=時雄に対応しない。
壽代=久栄と結婚することに反対だという意見を、聞く耳は持たなかった。

 敬二は又雄さんの親切を疑はなかつた。
 然し直ぐ其勸告に從ふことは如何しても出來なかつた。
 彼は能勢家にも往かず、又雄さんに手紙も出さなかつた。
 恰(ちやう)ど敬二は甥と、同年配の從弟を連れて、
 房州保田に海水浴に往くことになつて居た。
 敬二は又雄さんには左右の返事をせずして、
 房州に往つてしまはうと思ふた。
 然し房州行前に是非能勢家に挨拶に行けと父に云はれて、
 敬二は澁澁本郷の西片町に往つた。
 分かりにくい十番地を探して歩いて居ると、
 唯(と)有る巷路の曲り角でばつたり又雄さんに出會した。
 
江見=海老名弾正から本郷教会を引き継ぐ又雄=時雄は、
江見=海老名弾正の家族と同居して、西片町にいた。
海水浴に逃げてしまおうとしていた敬二=徳冨蘆花も、父の命には背けない。

 又雄さんは歡喜の色を見せて
 『あ、敬さん、俺に要があつて來なはつたか』と云ふた。
 敬二は差俯いて『否』と答へた。
 又雄さんは失望の色を見せて、『それぢや』と往つて了ふた。
 敬二は江見さんと同居の能勢家をやつと探し當てゝ、
 叔母さんに挨拶して直ぐ歸つた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

でも、敬二=徳冨蘆花は、又雄=時雄に向き合おうとはしませんでした。
叔母=横井津世子にだけ挨拶をして、さっさと帰ってしまいます。
ところが、帰宅してみると、又雄=時雄からの手紙が届いていたのです。

Tag:山本久栄 

「あゝたの爲によくない」

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花はついに呼びとめられます。

 最早歸つた時分と思ふ頃、敬二は戻つて來た。
 驚破、身長の高い二人の人影!
 杉籬の傍(そ)ふて來るのは、又雄さんと江見さんだつた。
 最早躱(かく)るゝことが出來ぬ。
 默つて辭儀をすると、二人も會釋して過ぎた。
 逭(のが)れたかと思ふたら、
 『敬さん、一寸』
 と又雄さんが呼びとめた。
 敬二は是非なく又雄さんに面(むか)ふて歸つて往つた。
 『敬さん、あゝたまた詐(うそ)を云ひなはつたな』
 又雄さんの聲が低かつただけ、敬二はひやりとした。

恐れていたことが、起きてしまったのです。
江見=海老名弾正は過ぎ去ってしまい、又雄=時雄にきつく言い渡されます。

 『民朋社の名義で手紙をやつたりして、
 壽代は大得意で皆に手紙を讀んで聞かせたりして、最早誰でも知らん者はない
 ……そりやあゝたが山下に往つて下はるてち云ふなら、山下では結構です。
 然しあゝたの爲によくない』
 又雄さんは敬二に最後の決心を促して去つた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

民朋社=民友社の封筒で届いた、敬二=徳冨蘆花からの手紙を、
壽代=久栄は、「大得意」になって、皆の前で読み上げたのだというのです。
民朋社=民友社というのは、それだけ価値のある社名だったのか。
それにしても、壽代=久栄は、2人の関係性を隠す意識はなかったよう。
敬二=徳冨蘆花が山下家=山本家の婿養子に入るならば、結婚も可能なのか。
しかし、又雄=時雄としては、山下家=山本家はそれでよいだろうが、
それでは、「あゝたの爲によくない」と考えているのです。 

余談
「半分、青い。」、そういえば、鈴愛が100円ショップでバイトしていたとき、
扇風機は壁にあてたら風が柔らかくなるって、店長が。
相変わらず、まだまだ視聴が追いついていません。

Tag:山本久栄 

敬二=徳冨蘆花の不安

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、又雄=時雄の上京から、
敬二=徳冨蘆花は、秘密が知られてしまうのでは、と不安を募らせます。

 敬二は此日から刻々不安な時を送つた。
 又雄さんから漏るゝ前に、此方から父兄に白狀して置く、
 一番公明正大で安全な仕方だが、敬二には如何しても其勇氣がなかつた。
 敬二はぐづぐづと日を渉つた。

暴露される前に告白してしまおうか、と思いながら、勇気が出ません。

 能勢家が着いて三日目の午後、敬二が外(ほか)から歸つて來ると、
 沓脱に表附が二足並んで、客間に人聲がする。
 敬二は直ぐ又雄さんと知つて、胸は早鐘を撞(つ)きはじめた。
 敬二は玄關外に立つたり、父の六疊に入つたり、
 立たり坐たり始終耳を客間に傾けた。
 今一人は江見さんである。
 親類同志の壯(わか)い二人の牧師は、更に五つも年下の記者と、
 協志社時代に復つた様に快活に話して居る。
 はははゝと上ずつた輕い調子の又雄さんの笑聲、
 蒸汽機關の煙突から噴き出す様な沸々と云ふ江見さんの腹から出る笑聲、
 いひゝゝゝと皮肉な兄の笑聲、入り亂れて世にも憂なげに興じて居る。
 敬二は羨ましく腹立たしくなつて、門を出てぶらぶらあるいた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

恐れていたように、又雄=時雄が得能=徳富家にやってきました。
又雄=時雄、江見=海老名弾正、協志社=同志社の青春時代に戻ったよう。
そこには、記者として活躍中の兄=蘇峰も交じっています。
三者三様の「笑聲」は入り乱れて、「世にも憂なげに興じて」いました。
憂いているのは敬二=徳冨蘆花だけのようで、腹立たしくもなってくるのです。

Tag:山本久栄 

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