2017
10.12

『今日も一日きみを見てた』

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角田光代『今日も一日きみを見てた』(角川文庫、2017年)、読了しました。
ブログやツイッターでも拝見している、愛猫のトトがかわいくて……。
はじめて猫とともに暮らすことになった、角田光代さんの軌跡に感動しました。
私は、猫さんが大好きですが、いっしょに生活したことがありません。
だから、何だか追体験しているような気持ちになって、一喜一憂したのです。

 どうかトトが、夢のなかでこわかったり
 ひもじかったりする目には遭いませんように、という、
 馬鹿みたいだけれど、わりあい本気の願望。
 だって、私たち人間は、そのこわかった夢を人に話すことで
 笑い話にしたりできるけれど、猫にはそれを伝える術がないのだから。
 それにしても、本当に自分が、猫の寝息に至福を覚えるばかりか、
 猫の夢の平穏を祈るような種類の人間だというのは、
 トトと出会うまで知らなかったことである。
 (角田光代『今日も一日きみを見てた』角川文庫、2017年)

生命を守る責任を負う、ということは、新しい自分の発見なのかもしれません。
猫と暮らしたいな、といつも思うけれど、その自信もない私です。

余談
「花子とアン」、史実もそうだったと思うのですが、この作品の中で、
1人だけ父親に贔屓され、高等教育を受けることで兄妹から恨まれたり。
(この時代、きょうだいのうち、1人を選んで教育を受けさせる例はあったはず。)
後に腹心の友の蓮子から、息子を戦争に行かせたとなじられたり、
このヒロインは、わりと甘やかされていない方ではないか。
「わろてんか」、伊能さまは明らかに五代さまのポジション。
五代さまは、ディーンさんが新鮮だった衝撃が大きかった気がします。
大阪の朝ドラはお嬢さま、が続きます。
2017
10.11

『女性画家たちの戦争』

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遅まきながら、吉良智子『女性画家たちの戦争』(平凡社新書、2015年)読了。
もう1つの美術史、勉強になりました。
戦時下に限らず、それ以前の女性画家たちが置かれた状況になるほど……。
長谷川時雨の妹、春子の活動など、これまで知りませんでした。
戦争中、不足していた絵の具や食品と引き替えに、戦争画を描いたとか、
戦争画を描くにしても、男性画家とはそもそも求められるテーマがちがうとか。
これは、美術史であり、女性史であり、戦争の歴史でもある。

 女性画家と戦争について語る前提として、なぜ女性画家は少ないのか、
 なぜ私たちは女性画家のことをこんなにも知らないのかということを、
 歴史的な視点から考えてみる必要があった。
 歴史を丁寧にひもとけば、近代という時代における
 社会制度的・政治的な規制や規範が、
 彼女たちの創造活動をコントロールしていたことがはっきりと見えてくる。
 しかし、女性たちのなかには一方的に制御されるだけではなく、
 現実と折り合いをつけながら粘り強く制作を続けた者たちも大勢いた。
 この前提を押さえてようやく
 戦時下の女性画家の創作について考えることができる。
 改めて戦争という時代を鑑みるとき、現代の私たちには、
 一般の人々を含めた当事者は意に染まないこともやるしかなかった
 というような「思い込み」が少なからずあると思われる。
 だが、本書をお読みいただければ、実際には強制というよりは、
 むしろこちらから参画していった側面もあることがおわかりいただけるだろう。
 戦争の時代とは、一様に重苦しく息苦しい時代という認識があるかもしれない。
 だがそれは一面的なものにすぎない。
 女性たちは、差別的な待遇や制度に苦しんだ末に
 そこからの脱出の機会を戦争に見出した。
 女性画家に限れば、自覚的に参画していった者はあまりいなかったとも言える。
 しかし本人たちには想定外だったかもしれないが、《皆働之図》を見れば、
 自分の社会的な立ち位置に対する言語化の難しい
 もやもやとした違和感や無自覚のわだかまりのようなものが、立ち上ってくる。
 表象とは時に当事者たちが思いもよらなかった結果を生み出すことがあるのだ。
 ここで翻って現代日本社会を見てほしい。
 戦争とは意気盛んな人々が巻き起こす「普通ではない」狂信的行為だという。
 ここにもまた「思い込み」がないだろうか。
 しかし、女流美術家奉公隊に参加した女性画家の大部分は、
 意気軒昂というわけではなく、誘われたから何となく加わった者たちであった。
 このような当時の女性画家と現代の私たちとの間には、
 大きなへだたりはないのではないだろうか。
 (吉良智子『女性画家たちの戦争』平凡社新書、2015年)

本書の「おわりに」には、端的にこのように書かれています。
これは、美術界だけではなく、女流文学者の戦争協力にも言えそうです。
女性の戦意高揚のために、はじめて活躍の場を与えられた女性たちがいた。
利用されていると漠然と思っても、誇らしさと奮い立つ思いがあった。
逆にいえば、それ以前の女性たちは、家庭に押し籠められていたのでした。
女性の戦争協力は、通史的に見て、その立場を考慮せねばなりません。
本書を読んで、そう学んだように思います。

余談
今週、「花子とアン」は明治41(1908)年、「わろてんか」は明治43(1910)年。
「わろてんか」は、役者も内容も欲張ったなあ、という印象がまずある。
これまでに成功した朝ドラの風味をすべて入れた、みたいな。
2017
10.10

芥川龍之介の恋文の展示

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芥川龍之介は、妻の文に宛てた恋文がたくさん残されていますが、
田端文士村記念館で、はじめて公開される手紙があるよう。

 芥川龍之介  恋文、初公開へ 「小鳥ノヤウニ幸福デス」

 作家の芥川龍之介(1892~1927年)が結婚前の妻に送った恋文が、
 東京都北区の田端文士村記念館で10月7日から初公開される。
 「愛シテ居リマス」「小鳥ノヤウニ幸福デス」という甘く熱っぽい言葉は
 妻の文の回想録などで紹介されていたが、
 直筆が公になるのは初めての機会だ。
 1918年2月に結婚した芥川と文。
 ラブレターは400字詰め原稿用紙の切れ端に書かれていた。
 文はその紙を便箋に貼り付け、しまっていたという。
 「ワタクシハアナタヲ愛シテ居リマス コノ上愛セナイ位 愛シテ居リマス 
 ダカラ幸福デス 小鳥ノヤウニ幸福デス」 (共同)
 (2017年9月27日「毎日新聞」)

田端文士村記念館では、2017年10月7日から2018年2月4日、
企画展「芥川龍之介の結婚と生活~ワタクシハアナタヲ愛シテ居リマス」開催。
田端で祝言をあげた芥川龍之介と文は、来年は結婚100年を迎えます。
2017
10.05

金田一春彦、恋文のお返し

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電子の波に乗っていたら、感動とも哀切とも言い難い挿話に出会いました。
国語学者の金田一春彦さんにまつわる、初恋のエピソードです。

 国語学者の金田一春彦さんに初恋の回想がある。
 旧制浦和高校に入ってまもない初夏のこと。
 学生寮から東京に帰省したとき、
 近所の道で可憐な少女ににっこり挨拶された
 ◇〈魂が宙に飛ぶというのはこういうときだろうか〉
 (東京書籍『ケヤキ横町の住人』)。
 恋文をしたため、少女宅の郵便箱に託した。
 やがて返信が届いた
 ◇〈私の娘は、まだ女学校の一年生である。
 貴下の手紙にお返事を書くようなものではない。
 貴下は立派な学校に入学された前途ある方である。
 どうか他のことはしばらく忘れて学業にいそしまれよ。少年老い易く…〉
 ◇何年かして応召するとき、見送りの人垣のなかに少女の顔を見つけた。
 金田一さんが少女と初めて言葉を交わしたのは、
 それから30年余り後のことである。
 「あの日、理由は何も告げず、父は言いました」。
 きょう出征する人の見送りには必ず参列しなさい、と。
 かつての少女は、「うたのおばさん」として親しまれる童謡歌手になっていた。
 ◇安西愛子さんの訃報(享年100)に接し、
 金田一さんの失恋談義を読み返している。
 謹厳にして情けあり。
 昔は立派な父親がいた。
 (2017年7月13日「読売新聞」朝刊/編集手帳)

女学校に入ったばかりのお嬢さんに届けられた恋文、お父さんは動揺したかな?
立派な学校に入学したのだから、将来のために学業に励め。
そう返事をした父親も、金田一さんが出征する日、何も言わずに見送らせた。
すぐそこに死がある出征にともなって、顔を見せてあげるように。
金田一さんは生還し、30年後、はじめて少女と言葉を交わす。
少女はもう中年、「うたのおばさん」になっていた。
金田一さんも、安西愛子さんも有名人ですが、このコラムの主役は少女の父親。
金田一さんは、事情を聞き、「私の恋文のお返しは充分していただいてある」。
2017
10.04

角田光代さんの『源氏物語』訳

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遅ればせながら、角田光代さんの『源氏物語』現代語訳(河出書房新社)購入。
若紫巻の「手に摘みて……」の栞が付いていました。
読むのはこれからですが、角田光代さんのインタビューで気になったところ。
これまで『源氏物語』に特にこだわりがなかった、という角田光代さん。
今回の仕事にとりかかるにあたり、まず読んだのは原文ではなく、
しかも、アーサー・ウェイリーが英訳した物語を、さらに現代語訳したもの。

 いきなりの原文は無理でした(笑)。誰かの訳で。
 とにかく読みにくいという先入観があったので、
 イギリス人のアーサー・ウェイリーが英語に訳して、それを
 日本語にさらに訳した『ウェイリー版 源氏物語』をまず読み始めました。
 これは思った以上に読みやすかったです。
 でも、正直あまり夢中になれないんですよね。
 それを読みながら他の方の訳も読み始めて。
 大和和紀さんのマンガの『あさきゆめみし』も読みました。
 与謝野晶子や谷崎潤一郎訳、瀬戸内寂聴さん訳も。

この最初の選択には、編集部の勧めもあったのかもしれませんが、興味深い。
結局、「格式」がなくてもいい、わかりやすさを求めた、とあります。
また、草子地に関するお話も面白いです。

 「ですます」のほうが収まりがいい気がするんですけど、
 ただ自分がこれまで書いてきた文章として「ですます」には馴染みがないので、
 あえて「である」にしていったんです。
 私はこの翻訳をやるまで「草子地」という、地の文に、
 作者の声がふっと混じるという文法も知らなくて。
 今回訳文を見てくださった藤原克己さんにとてもよく教えていただきました。
 その説明を聞いて私が思い浮かべたのは、マンガとかで
 ページをパラリとめくると、コマの外側に作者と思われるような
 キャラクターが突然登場する、といったような手法なんです。その人物が
 「そんなマンガみたいなこと、あるわけないよね」なんてあえてつっこむような。
 そう考えたらわかりやすかった。そこからさらに訳していくなかで、
 聞こえてくる作者=紫式部の声がけっこううるさく感じるようになりました。
 この作者は本当に、作品の中からちょくちょく
 顔を出さずにいられない人なんだなって。
 最初は作者の声も「である」で揃えていたんですけど、
 私に聞こえた作者の声を生かすには、
 そこだけあえていちいち本人が顔を出して、
 それこそ朝ドラのナレーションのように
 「ずっと褒めてるけどしょうがないのよ」
 「そういう癖のある男なんですよね」とそのままにすることにしました。

地の文を「ですます」で訳すのは、なんとなく定番になってきました。
今回は「である」調にして、会話文や草子地などが「ですます」調とメリハリ。

 底本にしているテキストで「ここは草子地です」という注釈があるところを、
 わりと忠実に訳していきました。
 でもいちいちそう書いていない部分も多いんです。
 だから、厳密にそうしていないところだったり、
 草子地ではないんだけどなんとなく私が文章のリズムで
 作者の声にしちゃったところとか、
 そこはわりと厳密じゃなくごちゃまぜになっています。
 (Web河出/2017年9月12日掲載)

どうやら、草子地でないところも、草子地扱いしている部分があるようです。

余談
「わろてんか」、てんが早くも未来の旦那さまに遭遇。
これもまあ、既視感がありありだけれど、これから幾度も回想されるのだろう。
落語を中断させてしまったものの、舞台の上で大騒ぎをして、
観客が笑う、笑わせる側のそういう体験をてんにさせたかったのかな。
あの割れてしまった薬、喘息の薬だった?
「トットちゃん」、山本くん演じる黒柳先生が交際ゼロ日で朝にプロポーズ。
ところで、少なくとも、「排除」という言葉は、定例会見で、
先に記者から質問で出て、そう言われればそうだ、という意味で使ったのでは?
現実の世界はもう面倒、物語やドラマや歴史が一番心地いい。
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