Beautiful World

降っても晴れても

『マリー・アントワネットの娘』

先日の続きです。

藤本ひとみには、こんな本もありました。

マリー・アントワネットの娘 マリー・アントワネットの娘
藤本 ひとみ (2005/01)
中央公論新社

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小説『マダムの幻影』同様に、過去にこだわり続け、
復讐に生きた「悪女」として、マリー・テレーズは捉えられています。

父ルイ16世が死に、弟シャルルと引き離され、母とも、叔母とも別れて、
母や叔母の処刑も、弟の病死も知らされることなく、孤独な幽閉生活の中で、
マリー・テレーズは言葉を忘れかけて、発音が明瞭でなくなっていたとか。
そのとき、彼女はわずか16歳の少女でした。

ナポレオンはマリー・テレーズを、「ブルボン家で唯一の英雄だ」と評したと。
幼いころから気位が高かったとはいえ、それだけ、彼女が政治に生き、
王家の男たちの無能さも手伝い、復讐に執念を燃やしていました。
晩年はリューマチに苦しんだ彼女は、ウイーン郊外のフロシュドルフ城で亡くなり、
波乱の生涯を閉じたその地に葬られているそうです。
祖国フランスに眠る母アントワネットのそばに、眠らせてあげたいなと思います。

『アナスタシア 消えた皇女』

世界史をさわがせてきたのは、ルイ17世ばかりではなく、
私は、この皇女にも関心があります。

アナスタシア―消えた皇女 アナスタシア―消えた皇女
ジェイムズ・B. ラヴェル (1998/07)
角川書店

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このロマノフ王朝最後の第四皇女、アナスタシア皇女も、
歴史の闇に消え、やはり生存説が絶えません。
ロシア革命で、皇帝一家は銃殺刑に処せられましたが、
17歳のアナスタシアだけは生き延びたのではないか、という説です。
イングリッド・バーグマン主演の映画も思い出されます。

アンナ・アンダーソンという、アナスタシア候補はよく知られています。
彼女は、ドイツで入水したところを助け出されました。
顔立ちや身体的特徴が、アナスタシア本人によく似ていたといいます。
数奇な運命をたどり、後にアメリカに渡って結婚、亡くなりました。
この本はあくまでも、彼女が本物だ、という立場です。

しかし、アンナ・アンダーソンの死後、DNA鑑定が行われた結果、
別人(ポーランド人フランツィスカ・シャンツコフスカ?)、という結論が出ました。
彼女の正体は、精神病院に入院歴のある女性、とほぼ判明したのです。
きっと彼女は、本当に信じていたのです、私は悲劇の皇女アナスタシアよ、と。

実際は、おそらくアナスタシアは家族とともに殺害されたのでしょう。
ソ連崩壊後、発見された皇帝一家の遺骨の中にアナスタシアのものもあり、
そして、つい先日、7月16日に、昨年新たに掘り起こされた遺骨が、
皇太子アレクセイと第3皇女マリアのものであるということが判明したとか。
でも、おそらく、人々のアナスタシア幻想は簡単には払拭されません。

ルイ17世の謎

まだ続きます。

タンプル塔で病死したのは、本物のルイ17世だったのか?
その替え玉説は長く、世界史の謎でした。

マリー・アントワネットと悲運の王子 マリー・アントワネットと悲運の王子
川島 ルミ子 (2004/09)
講談社

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享年わずか10歳だった、悲劇の王子ルイ・シャルル。
ルイ17世の遺体が15歳くらいの少年のものと見えたため、
「ルイ17世は逃亡し、亡くなった少年は別人なのではないか」
という替え玉説が、当時から囁かれていたのです。
自分こそが逃亡した王太子だと名乗り出る詐欺師も、後を絶ちませんでした。

中でも、ドイツに現れたノンドルフは、彼こそが本物、と信じる人も多くいました。
彼は、今もオランダ軍で使われている「ブルボン爆弾」を発明した人物で、
オランダは唯一、彼をルイ17世と認めた国でした。
ノンドルフの墓石には、「ルイ17世」と刻まれたのでしたが、頭髪の分析の結果、
1950年、王妃アントワネットとは血縁がないことが判明しました。
彼がどうして王家のことに詳しかったのか、など、不可解な謎は残しながらも。

そして、2000年4月、マリー・アントワネットの遺髪と、
ルイ17世と思われる遺体の心臓のDNA鑑定がなされました。
近代の叡智は、「タンプル塔の遺体はルイ17世のものに間違いない」と結論。
小さな心臓は、フランス王家の墓があるサン・ドニ聖堂に埋葬されました。

『マダムの幻影』

昨日の続きです。

大きく取り上げられることのないマリー・テレーズですが、
彼女を描いた小説があります。

マダムの幻影マダムの幻影
(1999/09)
藤本 ひとみ

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悲劇の女王を最後まで演じきった、母マリー・アントワネット。
その幻影にすがって生き、フランス国民に復讐するように生きる娘。
彼女が抱えるのは母の秘密、母の名誉、そして、ブルボン王家を守るために。
かたくなに口を閉ざしてきた秘密とは、弟ルイ・シャルルの出生の秘密。
それは、ルイ17世を名乗った弟の実父がルイ16世ではなく、
アントワネットの愛人、フェルゼンだった、というもの。

藤本ひとみさんは、私は中学生時代にコバルト文庫で親しんだ作家さんです。

王妃マリー・アントワネット    華やかな悲劇のすべて王妃マリー・アントワネット 華やかな悲劇のすべて
(2008/07/01)
藤本 ひとみ

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この時代に関する小説も多く、最近もアントワネットを書かれました(未読)。

革命記念日

7月14日、今日は、革命記念日です。
1789年、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃・占領。
これが、フランス革命の発端となったのでした。

フランスという国へのあこがれと関心は、多くの女の子がそうであるように、
繰り返し読んだ、池田理代子『ベルサイユのばら』(集英社)によって。
作品では、今日はオスカルの命日にもあたるわけです。

マリー・アントワネットのことが知りたくて、何冊かの本も読んでみたり。
気になるのは、タンプル塔での長く孤独な幽閉生活の後、
捕虜と引き換えにオーストリアに引き取られた、王女マリー・テレーズも。
アントワネットの娘、彼女は、後にフランス王太子妃になっています。
王政復古をねらうルイ18世は、両親を亡くした「可愛そうな王女」を庇護し、
フランス国民から好感を得ようと、甥のアングレーム公爵と結婚させたのです。
結局は、王政復古もうまくゆかず、流浪の果てに亡命先で亡くなります。
母の影に隠れた、歴史のヒロインであるマリー・テレーズ。
マダム・ロワイヤルと呼ばれ、気むずかしく、微笑んだことのない女性だったとか。

タンプル塔で死んだ、彼女の弟シャルル(ルイ17世)に替え玉説があり、
かなりの信憑説で信じられていたことは知っていましたが、
現在、ドイツでは、マリー・テレーズにも、替え玉説が唱えられているそうです。
幽閉中、誰かに乱暴され妊娠してしまった王女を、
オーストリアに引き渡すことができず、替え玉には異母姉が選ばれたとか。
母に顔立ちの似ていた彼女はヨーロッパを放浪し……。
少女時代は愛らしかった王女が、革命後、すっかり変貌して、
愛想のない人になってしまったのもすり替えられていたから、であると。
マリー・テレーズは、ルイ17世を名乗る人物に決して、面会を許さなかった。
それは、自分こそ替え玉だったから?

いずれにしても、マリー・テレーズが数奇な運命をたどったことに変わりなく、
今日は、彼女の人生の歯車が音をたてて狂いだした、その日であったわけです。

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