2012
02.29

「『嵐が丘』が導く世の果て」

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水村美苗『本格小説』は、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』を下敷きにしています。
作家にとって、水村美苗にとって、『嵐が丘』とはどんな作品なのか。

水村美苗は、『嵐が丘』を読む経験とは、「快楽」ではない、と言います。
「読み始めるたびに、悪夢の中にずるずると引きずりこまれ」て、
「これ以上先へいってはならぬという、まさにぎりぎりのところまで連れてゆかれる」。

 思うにこれは『嵐が丘』という作品そのものが、
 「目に見えない世界」を中心に据えているからではないでしょうか。
 『嵐が丘』の特異な構造は、
 ヒロインのキャサリンが小説の真中で死んでしまうというところにあります。
 そこからロマンスは復讐劇に急展開し、
 ヒースクリフが過去に恨みをもつ人間を次々と不幸に陥れていく物語に変わる。
 でもあのヒースクリフの黒い情熱を、「目に見える世界」――
 生者の世界の枠の中で理解しようとするのは、不可能なのです。

手紙、栞を添えて (ちくま文庫)手紙、栞を添えて (ちくま文庫)
(2009/12/09)
辻 邦生、水村 美苗 他

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一方で、語り手の家政婦ネリーは、「目に見える世界」以外を理解せず、
だからこそ、「目に見えない世界」を読者に提示する役割を果たすのだ、とします。
この水村美苗の意見に対して、辻邦生は、次のように応えます。

 三人称小説なら、嵐が丘での出来事は幻想小説になってしまいますし、
 一人称小説、たとえばヒースクリフの語りだとすれば、
 キャサリンとの恋はこの世的なものにならざるを得ないでしょう。
 やはり『嵐が丘』の「この世を超えるもの」がまざまざと現れるためには、
 合わせ鏡を用いたような二人の語り手が必要だったのでしょう。
 (『手紙、栞を添えて』ちくま文庫、2009年)

『本格小説』では、よう子ちゃんと太郎ちゃん、雅之ちゃんも含めた三角関係じたいが、
女中の冨美子に語られる中で、地上的な恋にとどまらないのでは?

 あたかも太郎ちゃんが現われたのを境いに、よう子ちゃん、太郎ちゃん、
 雅之ちゃんの三人が、手と手を取り合って濃い霧の向こうの眩しい光の世界へと
 駆け抜けていってしまったような気がしました。
 (水村美苗『本格小説』下巻、新潮文庫、2005年)

そして、冨美子には秘密があって、『嵐が丘』のネリーよりも厄介です。
個人的には、『嵐が丘』よりも『本格小説』の方がおもしろい、と思っています。

余談1
ベラルーシで開幕した、世界ジュニア選手権、男子シングルSPの滑走順が決まり、
宇野昌麿が16番、田中刑事が29番、日野龍樹が最終30番滑走。

余談2
明日から弥生という閏日、当地は15センチ以上の積雪で、山の上の勤務先は休校に。
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