2012
10.31

「コーチ3人」

GPS第3戦の中国大会には、エース高橋大輔がいよいよ登場します。
高橋大輔は、ソチ五輪に向けて、大きな決断をしました。
ニコライ・モロゾフコーチをアドバイザーとして迎える、簡単な決断ではなかった。
自分自身でも意外な展開だと語る高橋大輔、周囲の心配と期待をよそに、
長光歌子コーチ、本田武史コーチを加えた、「トロイカ体制」は順調な様子です。

2007年、東京で開催された世界選手権で、はじめての表彰台、銀メダルを獲得。
喜ぶ高橋大輔を、当時のコーチ、ニコライ・モロゾフコーチは叱咤。
「もっと自信を持て」。
世界で評価されるコーチにそう言われ、もっと上を目指したいと思うようになった。
トップ選手としてのすべてを、ニコライ・モロゾフコーチから授けられた。
しかし、2008年の春、師弟関係を解消せざるをえなくなる。
その年の10月に大怪我をして、1シーズンを無駄にし、
つらいリハビリを経て、バンクーバー五輪シーズンに復帰した。

 「五輪の時は、ニコライと離れて、ケガもあって、本当にピリピリしていました。
 (もうひとりのコーチ、長光)歌子先生は僕にとって精神的な役割が大きく、
 仕切るタイプじゃないから、急にニコライの代わりにはならない。
 だけど『絶対に外国人のコーチはいらない、
 自分たちだけでやってみせる』って意地になって。
 それがモチベーションになっていましたね」

長光歌子コーチ、本田武史コーチらによって、チームが自然に結成され、
バンクーバー五輪では銅メダル、世界選手権の王者になった。
引退も脳裡にちらついた中で、世界選手権モスクワ大会で現役続行を決意する。
演技中にスケート靴のビスが外れるアクシデントで、消化不良の5位。
思わず、「できるところまでやってみたい」と宣言してしまう。

ゼロからの再スタート、バレエや基礎スケーティングを習い、ジャンプも見直した。
2012年の世界選手権で銀メダルを獲得、成果は出ていた。
そこに、ニコライ・モロゾフコーチから、思いがけないラブコールが届く。

 「正直なところ、僕も変化を求めていたタイミングでした。
 ソチまで3年って思ってたのに、早く結果が出ちゃった、という感じでしたから。
 この波に乗るのもアリかなって思ったんです」

10月初旬のジャパンオープンでは、リンクサイドに3人のコーチが立った。

 「まだ役割が決まらないから、お互いが探り探り。
 歌子先生は存在が大事、
 ジャンプは武史先生、ニコライはプログラムの流れとかを見てくれました」

この新しいチームで、ソチ五輪を目指すことになる。
ソチ五輪の代表になるためにも、メダルを得るためにも、課題は4回転。
本人は、メダルが目標なのでなく、どこまで進化できるか、が楽しみなのだと言う。

 「4回転2本はまだ人間の限界じゃない。
 ソチ五輪には3本という選手も出てくるんじゃないかな。
 しんどいけど面白い。
 時代に取り残されないようにするのに必死ですよ。
 でも、そこで戦うメンタルを維持していければ、
 それは人生にとってのいい経験にもなるって思うんです」
 (「アエラ」2012年10月22日号、朝日新聞出版)

率直に言って、私には、高橋大輔の決断に納得できない部分もあった……。
ただ、二人三脚でやってきた長光歌子コーチは、高橋大輔にとって精神的な支柱で、
ソチ五輪に向けてプッシュしていくには、別のエネルギーが必要なのかも。
……違和感はありつつも、その理屈は理解できます。
とはいえ、高橋大輔がソチ五輪でいい結果を残したときに、
それがすべてニコライ・モロゾフコーチの功績のように言われたりしたら、
それこそ違和感があるだろうな、なんて余計なことを考えたりもしているのです。
いや、だからこそ、賛否両論をはねのけるくらいの、
有無を言わせない結果を出してほしい、と逆に期待しています。

余談1
中国大会に出場する高橋大輔、浅田真央、町田樹が上海入り。
警護がついた物々しさですが、心配されたような混乱は見られず、よかった。
「ボディーガードがいたり、いつもと違うが、
中国のファンから花束を頂いたり、安心した」と浅田真央。
高橋大輔も、「緊張などは全然ない。外に出ていないので分からないが、
大丈夫じゃないかと思う」と冷静。

余談2
先日、衝動買いしたものが……。



すでにクリスマス仕様なのか、こんな陶器のボックスに入っていました。
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