2014
08.31

福音印刷の古書発見

Category: 村岡花子
「村岡花子ゆかりの聖書 盛岡市内丸教会 福音印刷の古書発見」
2014年8月22日「盛岡タイムス」(Web News)の見出しに、びっくり。
福音印刷とは、「花子とアン」では村岡印刷となっていましたが、
村岡平吉が横浜で創業し、花子の夫である儆三が受け継いだ印刷会社。
盛岡市の教会で、その福音印刷が手がけた聖書、
花子が編集者として勤めた日本基督教興文会の出版物など、100点を発見。

盛岡市の内丸教会は、明治13(1880)年に創設され、牧師館は築90年。
今回、花巻市の土沢教会の牧師を務める中原陽子さんが、屋根裏部屋を整理。
4つの菓子缶の中に古書が保管されており、奥付を見て、
「印刷者に村岡とあって、すぐに花子さんと結び付いた」のだそう。
中原眞澄牧師は、「古い資料があることは聞いていたが、はじめて目にした」。
古い教会やキリスト教系の大学などに、まだまだ埋もれている可能性がありそう。

見つかった古書は、聖書やキリスト教に関する書が中心。
中には、布教のために配布された出版物も含まれていたようです。
1890年代から、関東大震災で福音印刷が倒壊、倒産した大正12(1923)年のもの。
しかし、今井革著「偶像を拝すべからす(傳道用書第二)」の奥付を見ると、
関東大震災後となる、大正13(1924)年8月27日の日付で、
印刷者が村岡儆三、印刷所が「東京市京橋区銀座 福音印刷株式会社」、
賣捌所を教文館とした記載がある、とのこと。
村岡平吉が印刷者となり、福音印刷合資会社(後の福音印刷)が印刷した、
『新約聖書 ぞくごマコ傳 全』(米国聖書会社、明治37(1904)年3月)は、
マルコ伝を分冊した、口語文による聖書で、珍しいとか。
国会図書館デジタルコレクションでは、大日本聖書館、印刷者が半田研吉ですが、
福音印刷合資会社による、明治36(1903)年版の同タイトル書が見られます。
福音印刷合資会社が横浜の山下町に設立されたのは、明治31(1898)年9月でした。
会社創立者は、村岡平吉、半田研吉、星野光多牧師、
警醒社元社長の福永文之助です。
また、キリスト教婦人矯風会の冊子も数点が発見されました。
ただし、村岡花子が編集や翻訳に関わったというものではありません。
妊婦の衛生などを解説した、「妊娠中の注意」(明治39(1906)年6月)、
「公娼私娼の全廃」を訴える書(大正6(1907)年3月)もあった。

日本の印刷業の歴史、キリスト教の布教の歴史においても、福音印刷は重要。
横浜の文明開化や商業にも、深く関わっているでしょう。
ちなみに、フェリス和英女学校の「同窓会雑誌」などの印刷も担っていたようです。
星野光多は、フェリス和英女学校の教頭をしていた時期もありました。
未確認の資料もまだ残っているそうで、今後の調査にも期待します。

余談
「花子とアン」がクランクアップしたのと同じ、8月26日からオンエアが始まった、
吉高由里子さんのハイボールのCM、「仕事終了~!」編。
トリスおじさんへの手の振り方が、花子!
彼女の屈託ない明るさが、ドラマの世界を支えていると思っています。
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