2015
02.28

石川啄木の不倫相手は誰?

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2015年1月12日「産経新聞」(電子版)に、石川啄木の記事が掲載されました。
石川啄木は、北海道釧路で、新聞記者として76日間を過ごしましたが、
その当時の恋人はいったい誰だったのか、現在も論争が続いているのです。
妻子を小樽に残してきており、それは不倫の関係でした。

 「小奴だというのが通説だが、ふたりは芸妓と客の関係にすぎず、
 恋人は梅川操だと思う」。
 講座で、講師役の釧路啄木会会長北畠立朴さん(73)は持論を展開した。
 恋人と目されるのは、芸妓の小奴と看護師の梅川。
 講座の女性参加者からは「妻一筋では」との第三の説も飛び出した。
 啄木は1908年1月に妻子を小樽に残し、釧路入り。
 滞在中、頻繁に料亭に通い、揚げ句に借金を踏み倒して上京。
 釧路では「女たらしだった」と伝えられている。
 啄木は「小奴といひし女の やはらかき 耳朶なども忘れがたかり」などと
 歌集「一握の砂」で小奴を詠んでおり、通説の有力な論拠だ。
 一方、梅川は啄木の小説「病院の窓」に登場する看護師のモデルとされ
 「『喰ひつきたい程可愛く思はれる』と
 梅川に寄せる思いが書かれている」(北畠氏)という。
 (2015年1月12日「産経新聞」電子版)

石川啄木は、明治41(1908)年1月、家族と別れ、当時の「釧路新聞」に勤務。
釧路新聞社が復元され、石川啄木の関連資料が展示された港文館となっており、
現在、釧路市内には啄木歌碑が27基もあるとか。
僅かな期間ながら、新聞記者として社会論説や連載に取り組みましたが、
3月には、上司である主筆への不満、東京で創作活動をしたいという思いから退社。
石川啄木の76日間の足跡は、ほぼたどれるようです。
http://kankou.city.kushiro.hokkaido.jp/tourism/taku76.html
足跡をたどると、小奴と梅川操の名前が見えます。
貧しい暮らしにあえいだイメージのある石川啄木ですが、案外、女性関係が……。
でも、「不倫」と呼ぶほどの関係であったとも思えませんが、どうなのでしょう。


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