八重にも看護学修業証書

梨本宮妃伊都子が、具体的、専門的な治療法の講習を受け続けた結果、
日本赤十字社から看護学修業証書を授了したのは、明治36(1903)年6月17日。
この看護学修業証書は、新島八重も授与されていたようです。
八重が看護学修業証書を授与されたのは、明治32(1899)年5月28日。
山川操もやはり、講習を受けていたのではないか、と想像します。



(同志社大学同志社社史資料センター『新島襄と八重』2013年)

その翌年には、看護学助教嘱託状を受け取り、看護学を修めた直後、
後進の女性の指導を委嘱されて、教員という立場になったことがわかります。
八重はさらに学び続け、明治35(1902)年10月28日には、
看護学補修科修業証書も授与されており、その熱心ぶりが察せられます。

八重が日本赤十字社京都支部の正社員になったのは、明治23(1890)年。
日清戦争では、ボランティアの看護婦として広島予備病院に従軍。
その功績が認められ、終身社員、特別社員の待遇を受けることになりました。
従軍記章を賜り、明治29(1896)年12月25日、勲七等宝冠章を受勲。
明治30(1897)年、京都支部に篤志看護婦人会が創設されると幹事となり、
明治39(1906)年4月1日、さらに勲六等宝冠章へ昇叙しました。

Tag:山川家の人々 

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