2015
11.30

浅子の幼名はやはり「照」

Category: 村岡花子
広岡浅子に関する記録が、三井文庫でまた発掘されました。
これまで生家の三井家に眠っていた記録を手がかりに、結婚前の浅子、
異母姉・春の結婚と浅子の結婚とは段取りがちがっていたなど、
不明とされてきた部分にも光があたりそうな、貴重な発見。
浅子の幼名であるとされてきた、「照」の記述のある資料も確認されました。

 「あさ」嫁ぐ日の記録も発見 生家・三井の書庫で

 浅子の生家で、後に財閥となる「三井家」を研究する公益財団法人、
 三井文庫(東京)が所有していた。
 村和明主任研究員が書庫を整理し、浅子や、
 浅子の幼名「照」の記述がある資料の存在を確認した。
 15歳で大阪の豪商「加島屋」に嫁ぐ際の記録は、
 三井家の業務日誌に残る。
 1865年4月3日、照が「広岡信五郎様方へ御内入家」、
 翌4日に「御祝詞申上」と記されており、
 このとき結婚し、従業員が祝辞を贈ったことが分かる。
 同月9日には浅子の姉・春も結婚し、同様の記録がある。
 ただ、春は婚礼がその日のうちに滞りなく済んだと記され、
 「お披露目の儀は追って」と後に持ち越された浅子とは異なる。
 村氏は「姉妹で婚儀の段取りが違って興味深い。
 考証の余地がある」と指摘した。
 ドラマでは乱筆とされた浅子が10代に書いたという手紙や、
 巻紙に花柄模様がある春の文章もあった。
 それぞれ末尾に「てる」「春」と自署があるが、詳細は未解読。
 三井文庫のほか、今年10月までに奈良県の民家からも
 加島屋の借用書など約1万点が発見されており、
 神戸大の高槻泰郎准教授が研究している。
 (2015年11月23日「日本経済新聞」電子版)

「てる」「春」と自著の見える手紙は未解読、というのは残念。
それにしても、ドラマで取り上げられ、注目されなかったら眠ったまま、
忘れ去られていたかもしれない資料が見つかって、よかったです。

追記
今回、見つかったという、浅子の姉・春の手紙が、
女性週刊誌『女性自身』(12月15日号、光文社)で、一部、紹介されています。
取り立てて特別な内容ではありませんが、教養を感じる達筆であり、
天王寺屋の困窮を思わせる内容や、実家に援助を求めたような記録もなく、
父が大阪にやってくるのを待っていること、そして、
「広岡(浅子)からも、(父の下阪を楽しみにしていることを)いつも
私に言ってきます」とあって、浅子と良好な関係であったと思われるとか。
もう少し詳しい内容が解読され、発表されるのを待っています。

余談
正吉が隠居を決意し、加野屋の跡継ぎに榮三郎が指名される。
新次郎はその後見人、雁助は大番頭として支える。
あさは、「おいどを叩かれる」側から「おいどを叩く」側に?
加野屋にとって45年ぶりの襲名披露の取り仕切りは、あさの仕事。
和歌山から戻った惣兵衛、今井家から借りた土地は恵まれてはいないが、
周囲の農家は、温かい気候を利用して蜜柑を作っている。
しかし、惣兵衛の話も聞かない菊に、はつは……。
加野屋の襲名と同じように、眉山家も惣兵衛が先頭を歩く時代に変わる。
あさと同様に、はつも、その代替わりを実現させる大仕事。
某記事で、吉高由里子さんが演じる村岡花子の登場の可能性を、
関係者が「ないと思います(笑)」、えっ、ないのか……。
近々の朝ドラのヒロインを出すのは、土方歳三を出すのとはちがうけど。
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