2016
07.31

大岡蔦枝 

Category: 広岡浅子
『日本女子大学学園事典 創立100年の軌跡』(ドメス出版、2001年)には、
初期の卒業生で功労者の大岡蔦枝も当然、立項されています。

 大岡蔦枝 おおおか つたえ
 1878-1965(明治11.5.27-昭和40.1.22)
 和歌山市に生まれる。
 1900年、京都府立第一高等女学校を卒業。
 翌年に本校家政学部に入学し、
 05年卒業後ただちに寒香寮、光風寮、成生寮の寮監を歴任する。
 11年4月から18年5月まで米国にわたり、ミルズ・カレッジ等で家政を学んだ。
 帰国後19年3月まで成瀬の病床で玉木 直と共に病人食をまかなう。
 19年4月から晩香寮、24年から45年9月まで泉山寮の寮監となり、
 深い愛情と厳しいしつけで寮生を指導した。
 20年からは寮監長として本校の寮舎教育の指針を確立する。
 一方20年から45年3月まで料理の教授として「調理」の基礎を固める。
 「元来料理は栄養、経済、嗜好の3点を基礎とした応用芸術であり、
 その理論においても多少の変革はあり、その方法においては世の文化につれ、
 人の嗜好に従って時と共に著しく移り変わって行くものである」
 と述べているように、つねに時代に即して研究を重ね、
 19年の食料品高騰時には「栄養と経済の点から考えた献立一週間」として、
 学校、寮舎での生活方法の考究とその実験の経験を
 『家庭週報』に発表している。
 大学の料理教科書としての和洋中の書は理路整然と
 系統的に書かれたものである。
 日本料理は共通の基本的料理技法と会席料理などの献立154種など
 約800頁にわたり調理の理論と技術が網羅されている。
 西洋料理は、当時の欧米料理ならびに国際料理書等のなかから
 一般普遍的なものを実習の上取り入れたもので、
 25年間に5度も増補改訂している。
 共通の基本的料理法、前菜からデザートまでの献立、
 食卓作法に至るまでの約1000頁の書である。
 授業は厳しく単なる学問的立場からのみでなく、
 人づくり全体にわたっての教育であった。

甥にあたる大岡昇平は、身内ならではの謙遜もあってか、
蔦枝さんの学問的業績について、過小評価をしていたように思います。
日本女子大学の看板学部である、家政学部の基礎を固めたと言えるでしょう。
料理という、生活の現場に直結する分野における、功労者です。
しかも、当初の専門でなかった料理を教える上で、身につけた学問でした。
女子教育を天職と感じ、寮監として後輩たちの指導にもあたりました。

 また桜楓会ではたびたび理事として活躍、
 44年には理事長として多難な戦時中の諸事業をきりまわし、
 引退後も桜楓会の推進力となる。
 また、退職後は成瀬研究に打ち込んだ。
 65年1月21日、名誉教授の称号を贈られ、直後に87歳の生涯を閉じ、
 世田谷の豪徳寺に眠る。
 その意志に基づき大岡蔦枝奨学金が設けられている。
 (『日本女子大学学園事典 創立100年の軌跡』ドメス出版、2001年)

蔦枝さんの貯金、香典をもとに、念願の大岡蔦枝記念奨学金も設けられました。
生涯を捧げた愛する母校には、蔦枝さんの遺志が息づいているはず。
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