2017
01.31

愛妻の日に、芥川龍之介の恋文

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1月31日は愛妻の日、日本愛妻家協会の総本部は群馬県の嬬恋村にあるとか。
愛妻の日、と聞いて思い出されるのは、芥川龍之介が、
のちに妻となる、「文ちゃん」(塚本文子)に贈った恋文です。
その中で繰り返されているのは、今のままでいてほしい、という思い。
文ちゃんは明治33(1900)年生まれ、芥川龍之介は12歳年上。

 少し見ないうちに又背が高くなりましたねさうして少し肥りましたね
 どんどん大きくおなりなさいやせたがりなんぞしてはいけません
 体はさう大きくなつても心もちはいつでも子供のやうでいらつしやい
 自然のままのやさしい心もちでいらつしやい
 世間の人のやうに小さく利巧になつてはいけません
 (中略)
 何時までも今のままでいらつしやいと云ふ事です
 何時までも今のやうな心もちでゐる事が
 人間として一番名誉な事だと云ふ事です
 私は今のままの文ちやんがすきなのです
 今のままの文ちやんなら誰にくらべてもまけないと思ふのです
 (大正5(1916)年(推定)8月25日、田端から)

 僕には 僕の仕事があります それも楽な仕事ではありません
 その仕事の為には ずゐぶん
 つらい目や苦しい目にあふ事だらうと思つてゐます 
 しかしどんな目にあつても、文ちやんさへ僕と一しよにゐてくれれば
 僕は決して負けないと思つてゐます
 これは大げさに云つてゐるのでも 何でもありません
 ほんとうにさう思つてゐるのです 前からもさう思つてゐました
 文ちやんの外に僕の一しよにゐたいと思ふ人はありません
 文ちやんさへ、今の儘でゐてくれれば 
 今のやうに自然で、正直でゐてくれれば 
 さうして僕を愛してさへゐてくれれば
 (大正6(1917)年4月18日、鎌倉から)

 文ちやんは何にも出来なくつていいのですよ 今のまんまでいいのですよ
 そんなに何でも出来るえらいお嬢さんになつてしまつてはいけません
 そんな人は世間に多すぎる位ゐます
 赤ん坊のやうでお出でなさい それが何よりいいのです
 僕も赤ん坊のやうにならうと思ふのですが 中々なれません
 もし文ちやんのおかげでさうなれたら、
 二人の赤ん坊のやうに生きて行きませう
 (大正6(1917)年9月19日、横須賀から)

芥川龍之介は、無垢で素直な、飾り気のない文ちゃんを愛していました。
平塚らいてうが『青鞜』を刊行したのは、明治45(1912)年。
才媛たちの社会進出が進んでいた頃、利巧になる必要はない、と言います。

 えらい女ーー小説をかく女や芝居をかく女や
 婦人会の幹部になつてゐる女やーーは大抵にせものです
 えらがつてゐる馬鹿です あんなものにかぶれてはいけません
 つくろはずかざらず天然自然のままで正直に生きてゆく人間が
 人間としては一番上等な人間です どんな時でもつけやきばはいけません
 今のままの文ちやんは×××××を十人一しよにしたよりも立派なものです
 何時までもその通りでいらつしやい それだけで沢山です
 それだけで誰よりもえらござんす
 少くとも私には誰も外にくらべものがありません
 (大正5(1916)年(推定)/田端から)

 それから僕のところへ来たからつて、むづかしい事も何もありやしませんよ
 あたりまへの事をあたりまへにしてゐさへすればいいんです
 だから文ちやんなら、大丈夫ですよ 安心なさい
 いや寧文ちやんでなければうまく行かない事が沢山あるのです
 大抵の事は文ちやんのすなほさと正直さで立派に治ります
 それは僕が保証します
 世の中の事が万事利巧さけでうまく行くと思ふと大まちがひですよ、
 それより人間です
 ほんとうに人間らしい正直な人間です それが一番強いのです
 この簡単な事実が、今の女の人には通じないのです
 殊に金のある女と利巧な女とには通じないのです
 だから彼等には 幸福な生活が営めません。
 そんな連中にかぶれない事が何よりも必要です
 (大正6(1917)年9月28日、横須賀から)

 時々不良の女みたいな女流作家や作家志望者に遇ふとしみじみ
 文ちやんがあんなでなくつてよかつたと思ひます
 作家にはああ云ふ種類の女と結婚してゐる人が大ぜいあります
 僕には気が知れません
 文ちやんは何時までも今のやうでゐて下さい
 さうすると そのおかげで僕も余程高等になれます
 (大正6(1917)年10月30日、横須賀から)
 (芥川龍之介『芥川龍之介全集 第七巻』筑摩書房、1965年)


跡見女学校時代の文ちゃん、大きなリボンをつけた、袴姿の写真です。
結婚したのは大正7(1918)年のこと、文ちゃんは18歳。
妻となり、母となり、経験を重ねれば、文ちゃんも大人になります。
それでも変わらないでいることは、とても難しい。
女流作家や婦人会の幹部、「えらい女」にならなかったとしても、難しい。
芥川龍之介は、愛する文ちゃんにとても酷な願いを強いているように思います。
でも、それを求めてしまうのが、芥川龍之介なのだろう、と思います。

余談
「べっぴんさん」、栄輔曰く、すみれは人の気持ちのわからない人……。
(朝ドラのヒロインは大抵が鈍感で、それでも思いを寄せて献身する男がいた。)
キアリスの中だけの人間関係も、何も話さなくてもわかりあえる、が基本で、
すみれはそもそも言葉にすることが苦手なこともあるけど、曖昧なところがある。
いつも理解してもらう側、にいたのかもしれない。
前に、紀夫が新しい工場を開拓する、と言っていたと思うけど。
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