2017
02.28

吉井徳子、白蓮の人生の節目に立ち会う

Category: 村岡花子
さて、宮崎蕗苳『娘が語る白蓮』(河出書房新社、2014年)からも、
吉井徳子と伯母、柳原白蘭との関わりが窺えます。

 母の兄、柳原義光の娘さんのうち、徳子さんとはとくに親しくしていました。
 徳子さんは、母と伝右衛門さんとのお見合いに同席していますし、
 別府の伝右衛門さんの別荘で、
 父と母が運命的に出会う場にもいあわせています。
 こんなことってあるのでしょうか。
 人生の節目ごとに、とても縁が深いんですね。
 気が合っていたことも一因かもしれません。
 
そういえば、林真理子『白蓮れんれん』(集英社文庫、2005年)でも、
宮崎龍介と白蓮がはじめて対面した場面に、おてんばな徳子が居合わせます。
徳子の華族らしくない振る舞いに、もう1人のヒロインと言ってもいい、
視点人物でもある初枝(伊藤伝右衛門の妹)は、苦手だと感じています。
インテリの宮崎龍介の前で、徳子はいつものように無邪気で、
「若い女だけに許されるコケティッシュな無礼さ」を見せた。

 徳子を部屋から出したのは、本当に彼女の無礼さを咎めるためだったのか。
 徳子と男との会話を聞いているのが息苦しくなったからではないか。
 若い男と女の言葉の戯れを目の前で聞いていることほど嫌なことはない。
 自分がもう若くはないことを思い知らさせる。
 その結果、自分は嫉妬にも似た気持ちを一瞬でも持ってしまうのだ。
 相手がこんな若い学生だというのにだ。
 (林真理子『白蓮れんれん』集英社文庫、2005年)

ここでは、白蓮が、姪の徳子の若さに嫉妬を感じ、意識していると描かれます。
白蓮は35歳、徳子だけでなく、初枝や静子(伊藤伝右衛門の娘)を前に、
物憂い態度を見せ、女主人役を静子に譲ってしまう。

 徳子さんは大正一○年(一九二一)、歌人の吉井勇と結婚しました。
 吉井さんはのちに北原白秋、森鷗外、石川啄木らと活動をともにしましたが、
 当時、柳原家は「若い文士との所帯では食べていけない」、と、
 この結婚に大反対でした。
 母は賛成はしないまでも、強く反対はせず、理解者の一人だったのです。

家族に反対されても、徳子は、吉井勇と結婚したのでした。
その結婚を応援したのが、伯母の白蓮でした。

 徳子さんは、白洲正子さんのお姉さんや斎藤茂吉の奥さん、
 当時の著名な文士、たとえば菊池寛や久米正雄、
 里見弴、川口松太郎といった方々とも親しく交流していました。
 モガ(モダンガール)、モボ(モダンボーイ)といった言葉もありましたが、
 徳子さんは、まさに時代の先端をいくモガという感じでした。
 「♪いのち短し、恋せよ乙女……」の歌い出しで知られ、
 大流行した「ゴンドラの歌」。
 作詞は吉井勇さん(中山晋平作曲)ですから、
 「乙女」のモデルは徳子さんだったのかもしれません。
 ダンスホールやカフェ、女性の洋装など、アメリカ化した文化が華開き、
 「エロ、グロ、ナンセンス」といった言葉もはやった時代です。
 (宮崎蕗苳『娘が語る白蓮』河出書房新社、2014年)

徳子は「時代の先端をいくモガ」のような女性で、文士たちと交際していた。
そうした才能をもつ人たちに憧れ、その中で吉井勇を愛したのか。
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