2017
05.31

“共感”できなくてもいい

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私は、番組を残念ながら見ていないのですが、記事によれば、興味深い。
稲垣吾郎さんが司会の読書バラエティー、「ゴロウ・デラックス」に、
5月19日、お笑い芸人で作家のピース・又吉直樹さんがゲスト出演をしたそう。
又吉直樹さんは、『劇場』(新潮社)を刊行したばかり。
そちらもまだ読んでいませんが、以下の番組内容が気になりました。

 そして稲垣さんは「こんなにも主人公のことを嫌いになったり、
 好きになる小説ってあまりない。
 これも又吉さんの仕掛けなのかな」と感想を述べる。
 稲垣さんが感じたように『劇場』の主人公の永田はいわばダメ男。
 収入の少ない永田は、沙希の部屋に転がり込み光熱費も払わない。
 劇団の脚本でも評価が上がらず、ヒモ同然の暮らしを送る永田。
 その焦りからか他の劇団や友人に対しても嫉妬が募り、
 沙希や周囲の人にあたってしまうことも。
 稲垣さんは「ずっと主人公のことを好きじゃなくてもいいんですよね」
 と主人公の言動に振り回されたと語りながらも、又吉さんの試みを評価した。
 それを受け又吉さんは「共感されにくい人物を描きたかった」
 と主人公に込めた意図を語りだした。
 又吉さんは、ある作品に対する評価として
 “共感できた”イコール“面白い”とされることが多い
 と世間の傾向を推測してみせる。
 しかし又吉さんはそこに疑問を感じ
 「実は共感できなくても何かしら感じるものがあるんじゃないか、
 その辺を描いてみた」と人物造形に込めた思惑を明かした。
 (「Book Bang」Book Bang編集部、2017年5月20日)

これは、小説だけでなく、ドラマや映画を見る場合にも、当然同じこと。
不倫ドラマに対して、ヒロインの人物造型にバッシングめいた反応があったり。
最近、小説を読んだり、ドラマを見たり、古典文学を読むときでさえ、
道徳や倫理で良し悪しを判断し、拒絶しているケースを見かけます。
でも、ストーリーは道徳教材ではありません。
ストーリーには、テーマや主題があり、伝えたいことがある。
登場人物は、品行方正な人ばかりであるはずはないし、失敗もまちがいもする。
「共感」できれば、感情移入して、より楽しめるのも事実でしょう。
でも、又吉直樹さんが言うように、「共感」だけが評価基準ではない。
「“共感できた”イコール“面白い”」という考え方に、捉われすぎているのでは?
又吉直樹さんは書き手として問題提起されましたが、読み手の問題でもあります。
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