2017
07.06

「良妻賢母になれ」

Category: 八重さん
春錦會・鴨沂會『創立六十周年記念誌』(昭和7(1932)年)には、
京都府立第一高等女学校の創立60周年の記念式典で講演を行った、
日本女子大学校学長の井上秀の、その講演の内容についても載っています。
井上秀自身も、おそらくは講演内容を寄稿しているのですが、
本科5年、野田多鶴子「講演會を聽く」が参考になります。
記念祝賀第2日目が講演会で、いずれも卒業生の3人が登壇しました。
河合やゑ、甫守ふみ、井上秀で、3人ともに「大體良妻賢母になれといふ事」。

 最後の井上秀子女史は眞黑の帽子に、眞黑の洋服を着てゐられた。
 それが板についてゐて、もう四十くらゐにも見えるのに、
 どうしてあんなによく似合ふのかと感心してゐたら、
 後のお話で長い間アメリカにいらつしやつたとの事だつた。
 そのお話しぶりは穏かで、始終にこにこしていらつしやつたので、
 女史などゝ云ふよりはやさしいお姉様といふ感じがした。
 この三人の方を見て、今まで私が想像してゐたヒステリカルな、
 角々した、けばけばしい女史といふものが
 實際とは髄分違つたものであつたと云ふ事を知つた。

先輩であるという親しさもあり、いわゆる「女史」などと呼ばれる女性たちが、
当初イメージしていたような人物でなく、「やさしいお姉様」であったことを知った。
さらに、3人が実年齢よりも若々しく見えるのは、「理智の美しさ」ゆえとする。

 最後の井上先生の「母校創立六十周年の記念に際して」といふお話は、
 先生の學生時代の御奮闘に就いてのお話と
 近代的の良妻賢母になれといふお話だつた。
 近代的の良妻賢母であるためには、今までの學問を應用するのは勿論、
 なほ常に勉強して新しい事を知る必要がある。
 子供から「お父さんは話せるが、お母さんは全然話せない」
 などと云はれる様では賢母であると云ひ得ないし、夫の仕事を理解し、
 家庭を改善して行けない様な者は良妻であると云ひ得ないと云はれた。
 さうだ、その通りだ、私は此のお話によつて、私が今まで
 ぼんやりと「さうではないか」と思つてゐた事をはつきりさせる事が出來た。
 そして女の學問は決して無駄なものではなく、
 井上先生の様に、女子大學の學長であり、
 又家庭のいいお母さんである事も出來ないことはないのだから、
 女の學問といふものは、
 その學問によつて合理化した家庭を、立派に處理しながら、
 女にふさはしい職業をやつて行く事を理想とするものだと思つた。
 そして私の今持つてゐる希望に向つて、
 井上先生のなさつた程の努力は出來なくても、その半分でも、
 三分の一でもする事が私の進むべき最もいい道であると思つた。
 (春錦會・鴨沂會『創立六十周年記念誌(昭和7(1932)年)

講演会は、「熱狂的な拍手」によって終わった、とあります。
この「野田多鶴子」にとって、井上秀の講演内容は意義深く、刺激的でした。
単なる「良妻賢母」というわけでもなく、井上秀が理想とし、
「野田多鶴子」があこがれたのは、学問を修め、家庭と仕事を両立させること。
学問によって家庭を「合理化」させる、とは家政科らしい考え。
学問で家庭を「合理化」した上で、職業も持つ。
「良妻賢母」と言ってしまえば、古めかしいイメージですが、
いや、ここで理想とされているのは、現在とそう異なってはいないような気もします。

余談
いや、今日の「ひよっこ」、とてもよかった。
南海キャンディーズのしずちゃん演じる滋子、愛があふれていました。
優しい、いい人ばかりが出てくるのに、みんながそれぞれに傷を抱えている。
でも、周囲の優しい人たちの愛で、それを乗り越えて行く。
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