2017
08.08

志したのは民主主義の実現

Category: 広岡浅子
井上秀は、日本女子大学校の寄宿舎、その自治生活を記録しています。
寄宿舎は、成瀬仁蔵の教育理念を実践する、「実験家屋」などと表現します。

 寮舎は学校の教養に対しては全く実験実習室にあたるので
 家庭管理の実験家屋と考えて差支えない。
 家政学でいうところのハウスホールド、
 マネジメントを或る程度、創立当時より実習した。
 それぞれの係は、次のように定めた。

各寮に、「主婦」「教養係」「体育、衛生係」「整理係」「栄養係」「経済係」がおり、
戸締りから礼儀作法の責任、看護、清掃、献立、簿記帳などまで担った。

 こんな風に、合理的に、各人が、各部署で最善をつくし、
 時々、研究会をひらいて、
 意見を交換しつつ進歩をはかる自活生活方法が生徒たちにもよろこばれ、
 識者の認めるところとなり、自然に、校風となつていつたのです。
 伝え聞いて地方の両家の子女で寮舎教育を受けるために、
 日本女子大に入学したい希望のものも段々ふえて、私の卒業する頃には、
 約百二十人位の在学生をもつたのであります。
 いたづらに反感をもつものや、知らない人が、日本女子大学といえば、
 古風な賢母良妻主義だといつていたのですが事実はこれに反し、
 自治生活、即ち今いう民主主義の実現を志したわけです。
 (『井上秀先生』桜楓会出版・編集部、1973年)

女子の高等教育に向けられる世間の視線は、厳しいものでした。
女子に高等教育はいらない、生意気だ、という批判があったのでしょうが、
しばらく経つと、「賢母良妻主義」というレッテルが逆に貼られて、
日本初の女子大学校としては、それがジレンマであったと察せられます。
でも、実践していたのは「民主主義の実現」であったと、井上秀は胸を張ります。
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