土肥田京子

井上秀は、京都府立第一高等女学校を卒業後、明治29(1896)年、
21歳のときには、「三本木町の柳原伯の別邸内の一棟洋館」で、
友人の土肥田京子とともに禅の修業をし、「広岡家の令嬢二人を託されて」いた。
大岡蔦枝はこのように書いていますが、土肥田京子とは誰か。
中等教科書協会『中等教科書協会 明治41(1908)年10月現』に、名前が見える。
京都女子手芸学校で裁縫や家事(?)を教えていたのが、彼女では?
ちなみに、京都女子手芸学校は、現在の京都橘学園の前身です。

 私立京都女子手藝學校
 京都市中立實通西洞院東入
 明治三十五年三月創立
 現在生徒二百三十二名
 名譽校長 大塚 要
 校長兼理事 鳥海弘毅
 主幹兼理事 漢、算、代、造花、修、 中森孟夫
 理事 頼 龍三
 
この教職員の中に、「教授 裁、家」として「土肥田京子」とあります。
この土肥田京子については、また調べてみたいと思っています。
ただ、土肥田京子もまた、井上秀と同様に女子教育の道に進んだようです。

Tag:広岡浅子 

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