「新制女子大誕生から70年」

さて、今年度の大学入試もそろそろ一段落したところでしょうか。
私は某女子大学の出身ですが、女子大学という場は岐路に立っているのか。

 論点 新制女子大誕生から70年 <オピニオン opinion>

 戦後制定された新教育制度に伴い、
 日本に4年制の女子大が誕生してから来年で70年。
 戦後の女子教育を支え続けてきた女子大だが、近年では
 受験生によるニーズの変化や少子化などによって学生集めが困難になり、
 共学化にかじを切る学校も少なくない。
 これまでの歩みや生き残りを巡る展望、今後の期待について話を聞いた。

 社会進出、手厚いケア魅力 安東由則・武庫川女子大教授

 戦後、旧制の女子専門学校から女子大に移行したケースが相次いだ。
 お茶の水女子と奈良女子の国立大学に先駆けて4年制の設立が許可された
 五つの私立女子大にはキリスト教系の学校が多かった。
 関西から唯一許可された神戸女学院大もそうだ。
 戦後に米国から来日した教育使節団にとって、
 それまでの国内の女子教育は貧相に映ったため、
 「日本にもっと女子教育を根付かせるべきだ」
 との強い意志が影響したのだと思う。
 多くの女子大の草創期は戦前の流れを受けて、文学部や家政学部が多かった。
 つまり、男子とは異なる「女子用の高等教育」だ。
 リベラルアーツ(教養教育)だけに注力する女子大もあったが、
 文学系と家政系の学部を併せもつ大学も増えていった。
 1980年代ごろまでは両学部が中心の時代が続いた。
 結婚すれば退職する女性が大半で、
 結婚前に箔を付けるという意味で進学する女子も多かった。
 しかし、85年に成立した男女雇用機会均等法を契機として
 女性の社会進出が広まると、
 共学に多い社会科学系や理系の学部に目を向ける女子が増えた。
 女子大は学部に偏りがあり、間口が狭かった一方、
 共学は優秀な女子に入学してもらおうと、
 施設を整備するなどして女子学生の獲得に力を入れ始めた。
 90年代後半以降の就職氷河期に入ると、
 女子学生は就職に有利な資格・免許の取得や高い専門性への志向を強めた。
 そのため、看護学部などを新設し、再生した女子大もある。
 昔は教養を学べることを強調していたが、
 現在は「女性も働いて、資格が取れて当たり前」という時代になり、
 保育士など専門職の養成や取得可能な資格をアピールしている。
 オープンキャンパスでは管理栄養士や薬剤師の
 合格率について質問する高校生もいる。
 共学にも通じる話だが、今、女子大は就職率などを使って
 いろいろな宣伝文句をうたわなければ学生を集められない。
 学生の要望に応えるという意味では
 資格取得や就職率の向上は必要な一面だが、
 「どのようなニーズを女性が持っているのか」に目配りしていかなければならない。
 社会に出ると男性に比べて女性の地位は低いのが現状だ。
 女性には出産などのライフイベントも多い。
 キャリア形成や人生の見通しに対して、どのような準備が必要なのか、
 大学サイドが知恵や知識を提供しながら一緒に考えていく。
 手厚いケアは共学より小規模な女子大の方が有利のはず。
 そこをどうアピールできるか。
 女子大は今、存在意義を問われている。
 【聞き手・須藤唯哉】

 強い意志、卒業後に開花 玉岡かおる・作家

 私が神戸女学院大(以下、女学院)に入学したのは1975年。
 親は終戦を経て新生女子大の誕生経過を見ていたので、強い期待を寄せていた。
 同時に「娘は女子大に行かせ、変な虫がつかないうちにお嫁に出す」
 と考えていた最後の世代でもあり、私自身は反発もあった。
 それでも女学院を選んだのはアメリカ人建築家、
 W・メレル・ヴォーリズの建築に魅せられたから。
 現実は「お嬢様の群れ」と思う場面が多く、夢は早々に破れた。
 母校を誇りに思うようになったのは卒業後だ。
 これまで、3人の女学院出身者を小説で描いてきた。
 「天涯の船」の主人公、ミサオのモデルは1期生で、
 実業家・松方幸次郎の妻、九鬼好子。
 「銀のみち一条」の咲耶子は英文学者の岡田美知代。
 「負けんとき」の満喜子は、音楽学部の2期生でヴォーリズと結婚した。
 恥ずかしながら在学中は知らなかった人ばかりだが、導かれるように書いた。
 女学院は、強い意志を持った女性を多く育んでいた。
 どの女子大も、強い使命を持って誕生している。
 良妻賢母を育てる思考が強かった時代も、
 キリスト教や保育など特徴のある教育を実践してきた。
 昨今、学部名などが変わっているが、
 建学の精神の延長線上で時代のニーズに合わせるのは当然だ。
 女子大が現在、共学に比べて苦戦を強いられているのは就職の面が大きい。
 共学の方が先輩とのネットワークが強固。
 私の長女は2006年に女学院を卒業しているが、大変苦労した。
 資格取得をアピールする大学が増えている背景には、
 学生を取り巻く環境が厳しくなり無駄に学生生活を送れないという現実がある。
 その点は理解しているが、まずはリベラルアーツをじっくり学んでこそ、
 国際競争力のある人間を輩出できるのではないか。
 (英語の能力を測る)TOEICが高得点であっても、
 話せる内容を持っていなければ世界で力を発揮できない。
 女子だけの自由な環境で良い学舎で思い出を育み、
 豊かな精神を培ってリベラルアーツを熟学すれば、卒業後にこそ花開く。
 それはどんな場に立たされても生き残る力になる。
 そのための環境は女子大の方が強い。
 だからこそ、頭が柔軟なうちに勉強し本を読み、
 恋をして、学割を存分に活用して映画やお芝居を見てほしい。
 成績優秀な女子は共学に流れる傾向はあるそうだが、
 女子大生は在学時代から起業するなど個性が強い。
 苦労を強いられた娘の周辺を見ても、独立精神旺盛な人がいる。
 世の中に出たら世知辛いことばかり。
 女子大生活の思い出が美しかれ、と祈っている。
 【聞き手・岸桂子】

 少子化・共学化の逆風

 1948年、津田塾▽東京女子▽日本女子▽聖心女子▽神戸女学院の
 5女子大が日本初の4年制女子大として誕生。
 武庫川女子大教育研究所などによると、98年の98校をピークに、
 少子化や共学化などにより減少。
 2016年時点では77校だ。
 現在は、短大がより厳しい現実に直面している。
 短大数は4年制を上回る時代が長く続き、
 90年代前半には600校近くまで増えたが、98年に逆転されると激減し、
 昨年には341校にまで落ち込んだ。
 生き残りを懸けて4年制に転換するだけでなく、立教女学院や
 青山学院女子などのように学生の募集停止を決定した短大もある。
 一方、女子大の学生数は増え続けている。
 60年の2万5634人に対し、15年には18万1932人に増加。
 同じく共学の4年制を含む女子大生は8万2651人(60年)から
 112万7372人(15年)へと大幅に増えた。
 男女別では女子学生が44%を占め、戦後に門戸が開かれた
 女性への高等教育が浸透していることを裏付けている。
 (2017年12月29日「毎日新聞」大阪朝刊)

立教女学院や青山学院女子の短大廃止は、大きなターニングポイントになるか。
進学するなら、短大ではなく4年制をと選択する生徒も増えているはず。
逆に、短大だったら進学してもよい、といった考え、事情の家庭もあるはず。
女子大よりも共学に行きたい、と望む生徒も多いでしょう。
女子大に限らず、創立者に関する研究も進んでいる、流行している印象です。
せめて入学後、自分の学校のルーツを知り、誇りと愛着をもってほしい。
ちなみに、玉岡かをる『負けんとき』には、広岡浅子が登場します。
日本女子大学校の設立に尽力した広岡浅子、今をどう見るでしょうか。

余談
「わろてんか」、藤吉がてんに贈った大事な言葉が「わろてんか隊」になる。
キースは出たり入ったり、それも家族だから可能。
そういえば、伊能が風太に「隼也くんを(跡継ぎに)くれないか」と言った、
冗談だったのだけれど、心に残っている。
川崎の工場で働いている隼也、川崎にも大空襲があった。

Tag:女子教育 

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