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壽代=久栄は悲しそうに見えなかった

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、お稲=みねの柩を見つめる敬二=徳冨蘆花に、
壽代=久栄の声が、「不快」に聞こえたとあります。

 勝手の方で、
 『わたし今夜は寢ンと居るわ』
 と云ふ壽代さんの上ずつた調子が、敬二の耳に不快に響いた。
 明け方から敬二は暫く眠つた。
 おいよ婆さんの聲として、
 『皆來てござるばい。往つて御覧。敬二さんも、富岡さんも、
 それから留田さんも、大勢來てござる』
 襖があいてちよろちよろと走り寄つたお節ちやんが、
 蒲團の下から眼をあいた敬二の顏を覗いて、嬉々と笑ひながら往つて了ふた。
 敬二が寢がけに片袖のちぎれかけた古い紀州ネルのシヤツの繕ひを
 かあやんに賴むで置くと、
 思ひがけなく壽代さんが縫ふて枕もとに置いて往つた。
 壽代さんは悲しさうにも見えなかつた。
 座敷前の小庭で、町田君等が檜葉や南天や水仙で花環をこさへて居る所に
 ちよいちよい姿を見せては、ニキビ顏に鋼鐵緣の眼鏡をかけた町田君に
 輕い戯談を云はれたりして居た。
 
壽代=久栄の声が「不快」に聞こえたのは、悲しそうではなかったからか。
母の死の意味がまだわからない、幼いお節ちゃん=悦子の無邪気さが愛らしい。

 十時頃には出棺の用意も整ふた。
 又雄さんはじめ一同別れをお稲さんに告げた。
 敬二も棺の側に立寄つて最後の告別をした。
 二十八歳のお稲さんは、水仙の花に埋つて、
 眼を閉ぢ、兩掌を胸に組むで居た。
 病苦の程も思はれて、肉は落ち、頬骨隆く秀で、
 大きな眼は凹み、太い前齒を少し露はして居た。
 然し蒼白い其顏に不安はなかつた。
 美しい服從が面を掩ふて居た。
 強いお稲さんは死んで美しく見えた。
 協志社關係の西洋婦人が幾人かかはるがはる遺骸に禮して
 「beautiful」と小聲に咡(さゝや)き合ふた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

横井(山本)みねは、文久2(1862)年5月20日生まれとか、若い死でした。
出産から7日後、明治20(1887)年1月27日(26日とも)に死去。
葬儀は翌日、同志社の礼拝堂で営まれました。
クリスチャンとして死んだ彼女は、病みやつれてはいても美しかった。
「美しい服從」とは神に対する服従か、戊辰戦争を生き抜いた激動の人生でした。

Tag:山本久栄 

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