黑田のおくらさん

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、ついに「黑田のおくらさん」が本格的に登場。
彼女は、先生の夫人=新島八重の姉、山下=山本覚馬の妹にあたる。
少なくとも作者の目には、新島八重は「華やかな地位に置かれた」姉であり、
山本覚馬は「名高い兄」であるのに対し、彼女はちがいました。
「蒼太りした」と語られる体型は、新島八重に似ていた?
「黑田のおくらさん」は60歳近い、新島八重は42歳で、16歳上ということになる。
この「黑田のおくらさん」=窪田うらは、山本家の長女でした。

 病人子供を抱へた荒神口の家に主婦がなくては、
 と云ふ飯島先生夫婦の注意で、先生の夫人には姉、山下さんには妹に當る
 黑田のおくらさんが赤ン坊の保姆をかねて入り込むことになつた。
 おくらさんはもう六十近い會津訛りの京都言葉を使ふ
 蒼太りした中婆さんであつた。
 名高い兄と、華やかな地位に置かれた妹の間にはさまつた
 おくらさんの嫁した黑田の家は丸太町に燻つて、當代の長八さんは
 山下さんの世話で京都の府廳(ふちやう)に腰鞭の屬官を勤めて居た。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

「黑田のおくらさん」の関係者は、京都府知事の顧問の山本覚馬の口利きで、
「京都の府廳に腰鞭の屬官を勤めて居た」という、「長八さん」であるらしい。
新島八重の姉に関しては、この小説がもっとも多くの情報を与えてくれています。
この「黑田のおくらさん」のモデルは、窪田うら。

 ここに「長八」として出てくる人物の本名は、
 教会の名簿から類推すれば、仲八が一番近いでしょう。
 で、京都府総合資料館で府庁文書の
 「退官者履歴」や毎年の「府官員録」を調べてみましたが、
 窪田仲八という人物の名前は、見当たりません。
 後で述べる実在の窪田義衛も出てきませんから、
 職種によっては、載っていないのかもしれません。
 もうひとつの問題は、「くら」との関係です。
 一説には、息子とあります(『蘆花の青春』一一七頁)。
 『闇はわれを阻まず』(二一一頁)もこれを踏襲しています。
 事実ならば、「おきささん」の兄弟、ということになります。
 私は、これには疑問です。
 かと言って、「長八」は「くら」の夫である、とも断定しかねます。
 (本井康博『八重さん、お乗りになりますか』思文閣出版、2012年)

京都府庁に勤務していたとある「長八」と「黑田のおくらさん」の関係は、不明です。
京都府庁の記録からも、「窪田仲八」という名前は見出せなかったとか。
いや、その「仲八」という名前も、平安教会の死亡記録による推測。
ただ、斗南藩の記録には、「窪田仲八」を見出せるようです。
斗南藩の米田村、そこに「東京府寄留」として「窪田仲八」の名前があります。
(星亮一『会津藩 斗南へ―誇り高き魂の軌跡』三修社、2017年)
米田村に本籍を置く、窪田義衛なる人物がいることとも符合すると思います。
(窪田義衛については、上記『八重さん、お乗りになりますか』。)
ところで、フィラデルフィアにおける博覧会に出品された、
新英学校及女紅場の製作品の書類に、「山本覚馬妹 山本八重」とともに、
「山本覚馬厄介 山本いさ」とも書かれている、とのこと。
(遠藤由紀子「明治期の八重と女子教育」『新島八重を歩く』潮書房光人社)
この「山本いさ」は、「窪田うら」の関係者、おそらく娘なのでしょう。
小説に「おきささん」とあるのは、この「山本いさ」ではないか、と思われます。
これと同様に、「窪田仲八」も「山本仲八」などと記されたかも?

余談
浅田真央さんのサンクスツアーに参加する無良崇人さんが、現役を引退。
羽生結弦が世界選手権を欠場し、補欠として選ばれたのが彼でなく、
友野一希だったことで、なんとなく予想していました。
大人のスケートをいつも見せてくれた無良崇人さん、お疲れさまでした。
昨年末の全日本選手権、気迫のこもった渾身の演技に感動しました。

Tag:山本久栄 

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