『青鞜の冒険』

遅ればせながら、森まゆみ『青鞜の冒険』(集英社文庫、2017年)を読みました。
2013年に平凡社から刊行、第24回の紫式部文学賞を受賞した作品です。
平塚らいてうはもちろん、『青鞜』の周辺に興味はありつつ、近づけないでいた。
副題には、「女が集まって雑誌をつくるということ」。
著者自身が、女たちで雑誌(『谷根千』)を刊行していた経験が随所に。

漠然とした『青鞜』のイメージは、「新しい女」たちが世の女たちを鼓舞した?

 また『青鞜』はいわゆる新しがらんとする女を扇動して
 一種のムーブメントを起こそうとしているように思われがちだが、そうではない。
 「由来団体を作って或運動をするようなことはとかく内容なき空騒ぎに終って
 徒らに個人の尊き精力を消耗するに過ぎない場合の多いのを知っているから
 殊に私は好まない」と言いきっている。
 らいてうの目指したものはあくまで自己の内的探求と陶冶であって、
 衆を頼む運動は彼女向きではなかった。

ああ、そうか、とまず思ったのは、『青鞜』が文芸誌として始まったこと。
さらに、『青鞜』の刊行に、平塚らいてうが最初は乗り気ではなかったということ。
生田長江の勧めによって始まり、乗り気になったのは保持研(よし)。
平塚らいてうと同じく日本女子大学校の出身で、結核療養所から出た彼女は、
職探しをしながら、平塚家に厄介になっていた。
意外なことに、平塚らいてうは、それほどの意欲も目標もないままだった。
『青鞜』の初期費用は、平塚らいてうの母が娘の結婚費用に貯めていたお金。

 青鞜社はこのとき、代表を平塚明、
 雑誌の編集発行人を中野初と決めているが、らいてうは
 「片手間仕事で『青鞜』をやろうとしていた当時のわたくしは、
 こんなことで自分の本拠をかき乱されるのが耐えがたいことに思われ、
 そのためにも事務所は、自宅と別のところに置きたいと願っていたからでした」
 と述べている。
 正直であるが、主宰者としての覚悟のないことおびただしい。

血気盛んで、こぶしを上げているような、勝手なイメージは崩れました。
自分の名前を雑誌に出すつもりはなかったとか、どうにも内向的でけだるい感じ。
あるいは、樋口一葉に対する、平塚らいてうの批判。

 一葉は「弱き女の悲しい運命」を書いたにすぎず、
 「一葉には一葉自身の思想がない。問題がない。創造がない」
 と歯切れよく地団太を踏んでいるが、これには疑義をさしはさみたい。
 一葉は確かに二十四歳までしか生きられず、
 思想を深化させるには至らなかったかもしれないが、
 らいてうよりもはるかに階級的観点はするどかった。
 (中略)
 『たけくらべ』では、横町組と表組という少年少女集団の貧富の差、
 そして大工の子は大工、寺の子は僧侶、商店の子は商人、
 花魁の妹は花魁にならざるを得ない塩漬けの階級社会、
 そこで大人になる前の子どもたちの
 つかの間の輝きを奇跡的に描いてみせた。
 階級的視点なしに自己の確立や解放を思弁的に考えるらいてうよりも、
 よほど問題を自覚し、誰にも真似のできぬ小説世界を作り出したのである。
 そして晩年には国家と対峙し、社会を変革することを考えていた。
 これらを見ずに、一葉には思想がないといい
 「彼女はそれだけの教育を受けた女ではなかった」などというとき、
 らいてうは自身がもっとも嫌ったはずの
 「上からの教育」「学歴主義」の罠にはまってしまっているのではないか。
 
後年はともかく、平塚らいてうは世間の出来事にもあまり関心がなく、
考えも浅いところがあり、視野が狭かったり、決してスーパーウーマンでない。
東京女子高等師範付属高等女学校から日本女子大学校に進み、恵まれた人だ。
どこかに上から目線というか、見えていないものがあるのが、逆に親近感。
確かに聡明で、才能豊かな女性だったのだろうけれど、事務作業も料理も苦手。
不勉強ゆえの差別意識、『青鞜』の同人たちの中にも格差があった。
社会に与えた影響はわからないものの、彼女たちは学びたかったのだ、思う。
『青鞜』とライバル的な(?)、『新真婦人』なる雑誌の存在も知りました。
(『青鞜』だけでなく、『新真婦人』も、復刻版が出ているのです。)
そして、最近は平塚らいてうよりも注目されているような、伊藤野枝の存在。

 十二月号(T4)の巻頭には野枝の論文
 「傲慢狭量にして不徹底なる日本婦人の公共事業に就て」
 が十八ページつづく。
 感情的な調子で、名流夫人の地震や飢饉時の慈善や戦争慰問などは
 虚栄心を満たすための施しであるという六ページ分はイントロで不要だろう。
 主張はキリスト教婦人矯風会の廃娼運動への批判だ。
 彼女らを「賤業婦」と呼ぶのは傲慢だ、また外国に対して恥ずかしいから
 公娼を廃止させたいという理由はおかしいといい、
 「公娼より私娼のほうが社会の風俗を乱す」
 「六年間で吉原の全廃は出来ない」と述べる。
 回りくどい文章である。
 (森まゆみ『青鞜の冒険』集英社文庫、2017年)

私の目下の興味も、『青鞜』のと日本基督教婦人矯風会の差異、関係性。
同じ日本女子大学校の出身で、『青鞜』とは距離を置いた、子橋三四子もいる。
そういった外の世界の女たちと『青鞜』の距離感には、関心があります。
村岡花子も、同時代に青春を送っていたはずです。

 さし櫛を折るよりやすく親たちのいさむるままにあきらめし恋 原田琴子

大正時代、恋愛事件を起こした女は多くいますが、それも封建社会への抵抗。

余談
「わろてんか」、伊能商会と業務提携をして、風鳥亭を再建することに。
「うちらには、今、何もない。
そやけど、この景色、空が大きゅうて、頭塞ぐもんがない」
「北村笑店、天に向かって伸び放題や!」
(あら、てん、という名前はそこにかかっていくのか。)
てんの着物が安定の赤色に戻り、楓も復帰、リリコと四郎も帰ってきた。

Tag:本 

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