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おくら=窪田うらの「子分」

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、ちせ子=横井津世子は、
病床にあって、自身の病と向き合っていました。

 叔母さんは最早大分永くなつた春の日を一日床に寢ながら、
 子供の其れの様になつた頭腦でゆるゆると色々な事を考へて居た。
 其隣の六疊では、赤ん坊が時々下痢をしながら日と共に成長して往つた。
 叔母さんは時々隔の襖を開かせて、赤ん坊に舌を鳴らして頷いて見せたり、
 または天井を眺めてゆつたりと仰に寢て居た。
 ある夕、敬二が肩を揉んで居ると、
 『喃(なあ)、敬さん』
 と叔母さんは敬二を呼びかけて、
 『わたしがナ、昔からあまりこせこせして居るからナ、
 又雄さんの阿父が始終、お前は其様な小刀細工ばかりして居るからいかん、
 小智慧小悧巧で世の中は行かんぞ、つてナ、始終仰有りござつたが、
 本當にわたしがあまりこせこせして居るもンだから、今度の病氣も
 神様がゆつくり心の修行をする様に斯うして下さつたのか、とさう思ふよ」
 といつもの低い聲でしんみりと云ふた。
 敬二もホロリとさせられるのであつた。

思い出すのは、敬愛する夫(赤井召南)=横井小楠でした。
これには、敬二=徳冨蘆花も「ホロリ」とさせられた、とあります。
お稲=みねの死、ちせ子=横井津世子の病と続き、
一方に赤ん坊(慶馬)=平馬の成長があり、能勢家=横井(伊勢)家は大変。
しかし、ようやく落ち着きを見せていたようです。

 お稲さんの死、叔母さんの病氣と相ついで能勢家を覆ふて居た愁の雲は、
 まだ霽(は)れきれぬまでも、やゝ薄くなつて來る様であつた。
 又雄さんはまだ飯島先生の宅を根城にして居た。
 おくらさんの勢力は日に日にのびて、
 赤ン坊を抱きながら六疊から能勢家を支配した。
 其子分として次平さんははしやぎ廻つて家中を賑やかにした。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

家の中が落ち着いてきたのも、おくらさん=窪田うらの「支配」があったから。
その腕の中に、いわばプリンスの慶馬=平馬がいることが大きかったのでしょう。
それを病床から見ているしかないちせ子=横井津世子の思いは……。
ましてや、親戚で見方であるはずの次平=土平がその「子分」になってしまった。
「子分」のようになることによって、居場所を得られたにちがいない。
そして、相変わらず、一家の主である又雄=時雄は留守なのです。

余談
「西郷どん」、たとえ武士でも、はじめて人を斬ったことに動揺するのが、
本作の吉之助なのだなあ、ここからどう変わるのか、と思います。
これから幕末の動乱で多くの血が流される、そのはじめに。
武士らしくない、という意見もあるのはわかりますが、
それだけ長く続いた徳川の平和な時代が終わる、ということ。
慶喜も異国を恐がり、血が流れるのを厭い、家定も何より息災を大事に思う。
吉之助は、水戸からの刺客の生命と慶喜の生命は同じ重さである、
しかし、慶喜には、この国を変える力があると言う。
一方で、言葉では「生命をかける」と連発する吉之助がいる。

Tag:山本久栄 

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