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「飯島先生の結婚は生涯の失望である」

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」は、新島八重に対して辛辣です。
小説が描写している新島八重の風貌は、今に残る写真とも合致しているよう。

 敬二は其姪に肖(に)た下り目をもつ此壽代さんの叔母さんを、
 十一の時から見知つた。
 髪を只中から二つに分けて西洋婦人の様に大きな飾付の夏帽をかぶり、
 和服に靴をはいて、帯の上に時計の鎖を見せた折衷姿を、
 創業時代の協志社生徒は鵺(ぬえ)、鵺と呼んで居た。
 偉い人の妻に評判の好(よ)いのは滅多にない。
 飯島夫人の評判は學生間には甚よくなかつた。
 一廉(いつかど)の内助のつもりで迎へた夫人が思ひの外で、
 飯島先生の結婚は生涯の失望である、と云ふ事が誰言ふとなく傳へられた。
 夫人がお洒落で、異(かは)つた浴衣ばかり一夏に二十枚も作つたの、
 大きな體に漲る血の狂ひを抑へかねて
 のつぺりした養子の前を湯上りの一絲をかけぬ赤裸で通つたのと
 云ふ様な如何はしい噂は、敬二の耳に入つて居た。
 敬二も何時となく夫人に敬意を失ふた。

それにしても、「偉い人の妻に評判の好いのは滅多にない」?
それはおそらく、よくないことはすべて妻のせいにされていたからではないか。
ましてや、創立まもない頃の学生にとって、新島襄は神さまのようだった。
新島襄の考え方はアメリカ仕込み、周囲から奇異に見えた。
「のつぺりした養子」とは、新島公義(小説では飯島正義)のことか。

 佳人之奇遇を見る毎に、敬二は『烈婦』の後半生を
 悲惨なIronyと思はずには居られなかつた。
 然し佳人之奇遇の華麗(はで)な文章は協志社にも盛に愛讀され、
 中に數多い典麗な漢詩は大抵暗記された。
 敬二が同級で學課は兎に角詩吟は全校第一と許された薄痘痕の
 尾形吟次郎君が、就寢時近い霜夜の月に、寮と寮との間の砂利道を
 『我所思在故山……月横大空千里明、風搖金波遠有聲、
 夜蒼々兮望茫々、船頭何堪今夜情』
 と金石愛撃(う)つ鏗鏘の聲張り上げて朗々と吟ずる時は、
 寮々の硝子窓毎に射すランプの光も靜に豫習の默讀に餘念のない
 三百の靑年ぶるぶると身震ひして
 引き入れられるやうに聞き惚れるのであつた。
 木版片假名まじりの字の大きい藍色の表紙をつけた和綴の其本は、
 協志社でも其處のテーブルにのつて居た。
 次平さんは何處からか其佳人之奇遇を借り出して來て、
 赤ン坊室の六疊のストーヴに樂椅子を引寄せて高聲に朗讀した。
 壽代さんが坐つて毛糸の韈(くつたび)を編み編み之を聞いて居た。
 『秦皇ガ城ヲ傾ケ楚王が雲トナル、愛戀情人ヲ惱マス何ゾ夫レ深キヤ』
 と云ふあたりに來ると、次平さんは一段聲を張り上げて、
 『愛戀情人ヲ惱マス何ゾ夫レ深キヤ』と二度も三度も繰り返した。
 壽代さんは俯むいたまま編棒を動かして居た。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

協志社=同志社で、『佳人之奇遇』は盛んに読まれていた様子。
次平=土平は、それを壽代=久栄にまで読んで聞かせていたという。
新島八重に「敬意を失ふた」、敬二=徳冨蘆花が、
『佳人之奇遇』に描かれた「烈婦」=新島八重の「後半生」について、
「悲惨なIrony」と思った、とあるのは、これも痛烈。
すなわち、鶴ヶ城の開城とともに尼になればよかった、ということでしょう。
そうすれば、新島襄は良妻に恵まれていたはずだと考えるのか。

余談
「西郷どん」、今日から近藤春菜さんの演じる、鍵屋女中のお虎が登場。
「花子とアン」では、花子の訛りを注意していたのに、今回は注意されるのね。
これまで、いつも斉彬公を追いかけていた吉之助、
死する斉彬公は、西郷のいる京都に行きたかった、とは。
今日は家定の死と対にしていたけど、次週、斉彬公の描写がまだあるのかな。
「今日からわしになれ」と言っていたから、ある意味、斉彬は死んでない?

Tag:山本久栄 

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