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「君が將來の夫」「吾が未來の妻」

徳冨蘆花「黒い眼と茶色の目」、敬二=徳冨蘆花も壽代=久栄に返信します。

 敬二は次平さんを慰めて、
 自分辯護に人を誣(し)ひるが彼女の癖だと云つた。
 而して、『矢張考へもン』
 と次平さんを安心させる様に言つた。
 然し次平さんが歸り去つたあとで、
 敬二は始業日の皆いそいそとした人顏を避けて、
 相國寺の松林の中の池の周圍を日の暮るゝまで何邊となくぐるぐる廻つた。
 而して七寮の二階に歸ると、ランプの下に巻紙をのべて、
 すらすらと壽代さんに與ふる決答の手紙を書いた。
  全能至大ノ父、十字架ニ鮮血ヲ流シ玉ヘル子、永久ニ生イキテ働ク聖靈、
  三位(み)ニシテ一體ナル神ノ御前ニ於テ、
  肯(あへ)テ御身ト將來偕老ノ約ヲ結バンコトヲ誓ヒ、
  未来永劫或ハ渝(かは)ルコトナカランコトヲ跪イテ神ノ御前ニ祈ル。
 荘重に書き起し、それから字體と文體を砕いて、
 艱難の山、苦痛の谷も手を挈(たづさ)へて渡らんと書き、最後に
                            君が將來の夫
     吾が未來の妻
 と書いた。
 
さて、次平=土平には虚勢を張りつつ、敬二=徳冨蘆花の手紙は情熱的。
「字體と文體を砕い」たのは、漢字の苦手な壽代=久栄のためなのか。
敬二=徳冨蘆花は、壽代=久栄の気持ちに応えたわけです。
彼は「君が將來の夫」であり、彼女は「吾が未來の妻」。

 敬二は一應讀みかへして、封筒に入れ、
 裏を無名に表を女學校宛にして、持ち合はせの切手を貼つた。
 門を出て南に十五六歩行くと、
 月影にちよろちよろ流るゝ溝川のほとりに黑いポストが立つて居る。
 女學校は協志社の東に當つて、中に隔ての建物はあるが、
 敬二の居る七寮からこそ見えね、其南隣の八寮の二階から
 女學校の二階に女生の帯しめ直す姿、手つきまで見ゆるのだ。
 表通りを歩いて往つても、十分とはかゝらない。
 もどかしい郵便でも、夜出して明日の朝には届くのである。
 敬二はポストに挿し入るゝ前に、今一度月光に手紙の宛名を見た。

今度ばかりは、次平=土平に文使いを頼むことはしません。
協志社女学校=同志社女学校は、眼の鼻の先なのに、わざわざ切手を貼る。
黒いポストに入れて郵送しても、明日の朝には、宛先に届くのです。

 敬二は室に歸つたが、書を讀む氣にも寢る氣にもなれなかつた。
 九時半になると、例の通り人の好い寮長の谷さんが障子をあけて
 近眼鏡の顏を仰向けて一寸内を見廻し、『皆お出ですな』と云つて去つた。
 十時の鐘が鳴ると、同室の二人はランプを消して寢て了ふた。
 敬二もランプを消したが、寢るでもなく
 テーブルに頬杖をついて硝子窓の外を眺めた。
 窓は東に開いて居る。
 寮後の廣場を限る薄墨色の大竹藪
 ーー其背(うしろ)には女學校があるーーをはなれて
 中空近く上つた櫻月の含羞(はにか)むだ月が敬二と顏を合せた。
 時が靜に立つた。
 空となく地となく立罩(たてこ)むる其やはらかな銀色の光の夢に、
 敬二は己(われ)を喪ふた。
 (『徳冨蘆花集 第11巻』日本図書センター、1999年)

投函してしまうと、敬二=徳冨蘆花は、落ち着かず、なかなか眠れませんでした。
月光が照らし出すのは、敬二=徳冨蘆花の心の内でしょうか。

Tag:山本久栄 

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