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999年祭
Category : 源氏物語・古典文学
明日の11月1日で、源氏物語千年紀まで、ちょうど1年となりました。
だから、今日は、源氏物語999年祭。
この秋から、各種イベントも徐々に始まっていくようです。
2008年は、源氏物語千年紀、なのですが、それだけではありません。
授業準備に国語便覧なぞをめくっていたら、気がつきました。
世界文学として評価される「源氏物語」は、平安文学の最高峰であり、
「紫式部日記」の1008年年11月1日の条にその名が見えるのが、
現存する、最古の記録であることは重要です。
でも、その同じ1008年には他にも、日本文学史上、大切な意味があります。
「源氏物語」の愛読者、「更級日記」作者である菅原孝標女は、
なんと、その1008年に誕生したと推定されるのです。
日記冒頭、「十三になる年、上らむとて、九月三日門出して」と見えます。
父孝標が上総介の任を終えて、一家が帰京したのは、1020年。
逆算して、孝標女が生まれたのは、1008年ということがわかるのです。
「源氏物語」に対する少女の憧憬を書き留めた彼女だから、
この巡り合わせは、運命的な奇遇としか言いようがありません。
もう一つ、後に紫式部と同様、中宮彰子に出仕することになる和泉式部。
「和泉式部日記」は、恋人の帥宮敦道親王を追憶して書かれました。
帥宮の逝去は1007年で、その喪に服していた1008年に成立したことになる。
文学史における、1008年の意味が改めて重く感じられてきます。
1008年は、源氏物語千年紀であると同時に、
平安女流文学を担った彼女たちが交錯する、1008年でした。
だから、今日は、源氏物語999年祭。
この秋から、各種イベントも徐々に始まっていくようです。
2008年は、源氏物語千年紀、なのですが、それだけではありません。
授業準備に国語便覧なぞをめくっていたら、気がつきました。
世界文学として評価される「源氏物語」は、平安文学の最高峰であり、
「紫式部日記」の1008年年11月1日の条にその名が見えるのが、
現存する、最古の記録であることは重要です。
でも、その同じ1008年には他にも、日本文学史上、大切な意味があります。
「源氏物語」の愛読者、「更級日記」作者である菅原孝標女は、
なんと、その1008年に誕生したと推定されるのです。
日記冒頭、「十三になる年、上らむとて、九月三日門出して」と見えます。
父孝標が上総介の任を終えて、一家が帰京したのは、1020年。
逆算して、孝標女が生まれたのは、1008年ということがわかるのです。
「源氏物語」に対する少女の憧憬を書き留めた彼女だから、
この巡り合わせは、運命的な奇遇としか言いようがありません。
もう一つ、後に紫式部と同様、中宮彰子に出仕することになる和泉式部。
「和泉式部日記」は、恋人の帥宮敦道親王を追憶して書かれました。
帥宮の逝去は1007年で、その喪に服していた1008年に成立したことになる。
文学史における、1008年の意味が改めて重く感じられてきます。
1008年は、源氏物語千年紀であると同時に、
平安女流文学を担った彼女たちが交錯する、1008年でした。



